ウェブ1丁目図書館

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鎖国の目的を忘れたらテロが起こった

日本は、江戸時代に中国、朝鮮、オランダ以外の国とは交易をしないいわゆる「鎖国」を行っていました。

鎖国体制は、幕末のペリー来航によって終わり、日本は諸外国と交易をする開国の道を選びます。当時は開国すべきか鎖国を続けるべきかで世論が真っ二つに分かれ、それが原因でテロも頻繁に起こりました。

なぜ、幕末に開国すべきかどうかで大激論が交わされたのか?それは、日本が何故に鎖国の道を選んだのかを理解している人が皆無に等しかったからです。

キリスト教禁教が鎖国の目的

徳川家康江戸幕府を開いた時期は、ヨーロッパの多くの国の人々が日本にやってきていました。そして、日本はこれら国々と交易を行っていました。戦国時代に普及した鉄砲はポルトガルから伝わったものですし、鉄砲を撃つために必要な焔硝も海外から輸入する必要があったので、戦国時代を生き抜くためにはヨーロッパと取引をする必要がありました。

しかし、鉄砲や焔硝を手に入れなければならない一方で、ヨーロッパと取引することには不都合もありました。それは、キリスト教が国内で広まることです。

当時のキリスト教は、豊臣秀吉徳川家康からみると危険極まりない宗教でした。キリスト教の教えは身分制度を否定するから、封建制社会では為政者にとって不都合な宗教だと思われがちです。でも、キリスト教が脅威だったのは、ヨーロッパの国々がそれを利用して他国を侵略していたことです。

作家の井沢元彦さんの著書「逆説の日本史 13巻 近世展開編」では、キリスト教の禁教と鎖国についてわかりやすく解説されています。当時のキリスト教は、現代の日本人が考えているキリスト教とは異なっています。他国を侵略することを正義とするのがキリスト教だったのです。

キリスト教特にカトリック中南米を「征服」した。これは事実である。そして当時のローマ法王庁を頂点とするカトリック勢力が、それを正義と信じていたことも事実だ。それによって中南米の先住民の伝統文化は徹底的に破壊され、国家としての独立も失われた―これは現代の視点で見れば侵略であり、許すべからざることだ。ところが、この時代のヨーロッパでは「最大の正義」なのである。「神の救い」を知らない「野蛮人ども」にそれを「知らしめる」ことは、人間が神によって与えられた最も崇高な使命だからだ。
(20ページ)

これに気づいた豊臣秀吉は、キリスト教を禁じましたしキリシタンも弾圧しました。現代の視点だと秀吉の行為は「けしからん」となりますが、当時のキリスト教徒が他国を侵略することを絶対の正義と信じていたのですから、秀吉のキリシタン弾圧は外国からの侵略を阻止するためには、やむを得ない行為だったと言えます。

そして、徳川家康キリスト教の危険性を認識し、三代将軍家光の時代に鎖国体制が確立しました。

つまり、鎖国は、キリスト教が国内で広まり他国が侵略してくるのを防ぐのが目的だったのです。

幕末になると鎖国の目的が忘れられた

しかし、200年も経てば、鎖国体制がどのような目的でできあがったのかを知る人は少なくなりました。

ペリーが来航した時、開国すべきかどうかの議論がなされました。その時、「鎖国は祖法だから守るべき」と主張する人もいれば、「いやそうは言っても、黒船相手に戦っても負けるから祖法を曲げて開国するべき」と主張する人もいました。どちらの立場も、鎖国の目的がキリスト教の禁止にあったことを知らなかったから、無駄な議論が長年続けられ、無益な血が流れました。

なにしろ攘夷派の連中は「鎖国」は「祖法」つまり先祖が決めた大切な法であるから変えられない、と言っていたのだ。今から思えば極めて滑稽だが、当時の日本人は開国派も攘夷派も「鎖国とは三代将軍家光の頃に定まった制度」であり、「祖法」とはいえず、むしろ徳川の祖家康は「海外貿易推進派」だということを忘れて議論していたのである。
(64ページ)

中国、朝鮮、オランダだけと付き合うことが、鎖国の目的ではなかったのにいつの間にか誰もがそう思うようになっていました。他国の侵略を防ぎながら、貿易をすることが鎖国の目的だったのですから、侵略の意図を持たないアメリカとは積極的に貿易をしても問題なかったはずです。しかし、とにかく外国人がやってきたら迷うことなく打ち払えという無二念打払令が出されていたこともあり、黒船が来航すると、なんとかして追い払うことしか考えようとしなくなっていたのです。

この状況は、憲法9条の改正論議と似ています。平和を維持することが憲法9条の目的なら、その目的を達成するために武力を持つことも容認されると考えるのが当たり前の感覚なのですが、護憲派と呼ばれる人々は憲法9条を改正すべきではないし、何があっても武力を持つべきではないと主張します。他国は攻めてこないし、攻めてきたら自害して果てるべきだと言うのはいかがなものでしょうか。

そして、また憲法改正問題で同じ過ちを繰り返している。「平和憲法」なるものは当時の状況でああなったもので、長い日本の歴史を見ればほんの一時の特殊な事情下において成立したものだ。その「歴史」を忘れて、やみくもに絶対化し、変えることをタブーにしてしまう。まさに「歴史は繰り返す」である。
鎖国」が結果的に守られたのも「戦後六十年の平和」が結果的に守られたのも、主体的な努力の結果ではなくて状況がそれを許したからだ。
(97ページ)

政治の世界だけでなく、経済の世界でも同じことが言えるでしょう。売上や利益の増加よりも、社内ルールを守ることが優先される大企業病がその例です。

目的を忘れてしまうのは、議論を許さないことが原因の一つでしょう。議論すらタブー視すると、状況に適時に対応できなくなることがあるはずですし、その時に大きな損害が発生することも考えられます。

それでも、茹でガエルの道を選ぶのが多くの日本人の習性なのかもしれません。

逆説の日本史 13 近世展開編 (小学館文庫)

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