ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

日本史

事実は変わらないけども歴史は変わる

過去に起こった事実は絶対に変わりません。だから、歴史の教科書に書かれている内容も変わらないはずなのですが、日本史の教科書は、数十年前から内容が変わっています。時代によって、何を教えるべきかという価値観は変わりますから、それに応じて教科書の…

時代の雰囲気は記録の細部にある

自分が生まれる前の出来事は、誰かに教えてもらわないと知ることはできません。年上の人が記憶を頼りに語る内容は、部分的に忘れていることがあるので、やや正確性に欠けますが、それでも、まずまず信用できます。しかし、その年上の人も生まれていなかった…

京都に残る平家物語の謎

平安時代末期の源平合戦が行われていた時代については、平家物語などで様々に語り継がれています。大筋で事実が語られているのでしょうが、中には、弁慶の立ち往生のように本当にそんなことがあったのかと疑問に思う伝説もたくさんあります。そのような伝説…

幕末の事件の謎が今も残る京都

幕末。それは、京都が政治の舞台となった時代。京都に幕府の首脳や各藩の殿さまが集まり、朝廷とともに国難を乗り切るための会議が行われました。また、志士と呼ばれる下級藩士や百姓出身などの身分が低い者たちも京都に集まり、上から下まで政治に関わろう…

死者の蘇りを信じた人々によって生まれた一条戻橋と六道珍皇寺の言い伝え

人は死ぬとどうなるのかは、人類の永遠のテーマと言えます。無になるのか、それとも別の人に生まれ変わるのか。考えても、その答えは出てきそうにありません。また、死んだ人が生き返るといった伝説もあります。人は死んだら無になると信じたくない誰かが言…

一君万民性から始まった民主主義

民主主義国家は、国民全員が平等な国家です。でも、民主主義の誕生は、おもしろいことに国民よりも上位の絶対的な存在を認めたことに始まります。その絶対的な存在は、一神教の神です。神の下では、誰もが平等と考えたことが民主主義の出発点であり、神の存…

神仏分離と徴兵制

現在では、神社とお寺は別々に存在するのが当たり前となっています。両者の違いがよくわからない人は、鳥居が建っているのが神社と覚えておけば大体正解です。ただ、お寺の中にも、境内に鎮守社があり、その前に鳥居が建っていることがあるので、鳥居があれ…

平家物語の本筋とは関係ない祇王や横笛といった女性の存在に作者の意図があるのか

平家物語は、平家の栄華と滅亡を描いた軍記物ですが、数多くの女性が登場します。どの女性も脇役なのですが、平家物語の世界観を表現するために欠かせない存在となっています。男性の政治争いに翻弄され、最後は出家したり田舎に隠棲したり、当時の女性たち…

偽造なくして明治維新なし

江戸幕府の崩壊は、1853年の黒船来航から始まったとされています。その後、国を開き、200年以上続いた鎖国体制を終わらせた大老の井伊直弼が、1860年に桜田門外で水戸浪士たちに襲撃され暗殺されると、幕府の権威は一気に衰えていきました。この桜田門外の変…

戦国時代は女性も活躍した社会

日本の戦国時代は、下の者が上の者にとって代わる下剋上の世の中でした。織田信長も豊臣秀吉も、自分よりも身分が高い者たちにとって代わり大出世しています。戦国時代の幕開けとなったのは、応仁の乱です。室町幕府8代将軍の足利義政の後継者争いが、他家に…

女性が仕事をすることを制限されたのは江戸時代から

かつての日本では、仕事をするのは男性で、家を守るのが女性と考えられていました。しかし、現在では、女性が外で仕事をすることは当たり前となっていますし、女性の社会進出を支援しようとする動きも見られます。古い慣習にとらわれず、男女同権とすること…

賢く大富豪になるのは女性

いつの世も大富豪はいるもの。一生懸命働いてお金持ちになった人、宝くじを当ててお金持ちになった人、不動産や株式などの投資でお金持ちになった人。大富豪になった理由は様々ですが、うらやましく思いますね。歴史上も、豊臣秀吉のような権力者が、巨万の…

日本史に登場する女性の人物像は事実なのか

歴史に登場するのは男性ばかりですが、女性が当時の社会に影響を与えていなかったわけではありません。政治の世界では、持統天皇や北条政子がいましたし、文学の世界では紫式部や清少納言が有名です。ただ、女性については、男性よりも史料が少ないため、後…

事実と伝説はどこで交わるのか

事実を変えることはできません。でも、ある事実に対する解釈は様々です。正義か悪かで事実を評価する人もいれば、利益をもたらしたかどうかで事実を評価する人もいます。事実は一つであるにもかかわらず、人の感情が移入されると、事実でなくなったり、虚構…

歴史と深く関わる道

現代の日本の道路は、ほとんどがアスファルトで舗装され、自動車が走りやすくなっています。人にとっても、アスファルトは、雨が降っても歩けるので助かりますね。今では、道路が舗装されているのは当たり前ですが、かつての日本は、諸外国と比較して道路の…

現代日本人の排他的な性格は神話の時代から続くもの

日本人は、排他的であるとの指摘を受けることがあります。最近は、海外から多くの旅行者が日本を訪れるようになりましたから、日本人が外国人と接する機会が増えており、以前よりも懐が深くなってきてはいます。それでも、排他的、閉鎖的といった根本的な性…

米で栄え米で弱体化した藤原氏

武士の世。それは、源頼朝が鎌倉幕府を開いてから始まり、江戸時代まで続きました。源頼朝の前にも、武士の平清盛が政治の中枢にいましたが、平家は朝廷を中心とする政治体制の中にあったので、本格的な武家政権の誕生は鎌倉幕府からです。源氏は平家を滅ぼ…

応仁の乱後も続く南北朝時代

天皇家が南朝と北朝に分かれて争った南北朝時代は、室町幕府3代将軍の足利義満が明徳3年(1392年)に両朝を合一して終焉したとされています。南朝の後亀山天皇から北朝の後小松天皇に三種の神器が渡り、これで、一件落着かに思えました。しかし、両朝の争い…

太平洋戦争での多大な犠牲は食料生産を疎かにした結果

歴史の学び方は、古い時代から現代に向かって、事件や文化を暗記するのが一般的です。学校の社会の授業も、そのようになっています。でも、自分の人生を振り返る時は、新しい事柄から古い事柄へと記憶をさかのぼっていくのではないでしょうか。例えば、1年前…

伊東甲子太郎の新選組分離は当初から計画されていたものか?

幕末の京都で活躍した新選組は、幕府が14代将軍徳川家茂の上洛に際して結成された組織です。当時の京都では、勤王の志士と呼ばれる浪士たちが暗殺を繰り返しており、上洛した新撰組はその取締りにあたります。新選組が結成されてからの約5年間に殺害された勤…

雅と死が同居した平安京

京都は、日本国内の都市の中でも風雅なイメージが強いです。一方で、歴史的に見ると京都は、多くの人々が無残な死を遂げた都市でもあります。雅に思える文化でも、その背景を探ると死があり、死の積み重ねが京都を雅な街へと発展させてきたように思えます。

新しいものと古いものが共存する京都

千年の都、京都。そこには、様々なイメージを持つことでしょう。日本らしさを感じる人もいれば、閉鎖的な都市と見る人もいます。こういったイメージは、事実の面もありますが、作られたイメージであることも多いです。例えば、京都御所は、794年の平安遷都か…

大久保利通が征韓論に反対したのは政敵つぶしが目的

明治6年(1873年)。征韓論争に敗れた西郷隆盛、江藤新平、副島種臣らが、官を辞して新政府を去りました。征韓論は、武力をもって朝鮮を開国させようとするものであり、現在では考えられない外交手段です。しかし、明治初年の日本では、大多数の人々が征韓論…

近代化のための民族の精神的統一

日本社会の大きな転換点は明治維新です。江戸時代以前と明治以降では、同じ国なのかと疑うほど、大きな違いがあります。一言で言えば急速な近代化が日本社会を変質させたとなりますが、物質的な近代化だけが日本社会を変えたわけではありません。日本の近代…

廃仏毀釈は神仏分離令で突如起こったのではなかろう

夕暮れ時にゴーンと鳴るお寺の鐘。この響きに秋の情緒を感じる人もいることでしょう。都会では、お寺の数が少ない所もあるでしょうが、今でも、国内の寺院の数はコンビニよりも多いです。年末になれば除夜の鐘を撞きに行く人もいますし、テレビでも中継され…

薩長同盟は軍事同盟ではない

慶応2年(1866年)1月は、日本が明治維新へ進む重大な出来事があった月です。その重大な出来事とは、薩長同盟が成立したことです。元治元年(1864年)の禁門の変以後、薩摩藩と長州藩は犬猿の仲となり、特に長州藩は薩摩藩をひどく憎んでいました。当時、薩…

歴史上の人物の考え方を作家の視点から見る

歴史上の人物の性格は、ある程度わかっていることもあればわかっていないこともあります。例えば、織田信長は短気、豊臣秀吉は人たらし、徳川家康は気長といった性格であったと、多くの人が言っています。一方で、古い時代の人物だと記録が少ないこともあり…

現実を見る薩摩藩と空想で動く長州藩

幕末の文久3年(1863年)という年は、多くの出来事が起こりました。その中でも、長州藩と薩摩藩が外国と戦争をしたことは、後の日本の歴史に大きな影響を与えます。長州藩も薩摩藩も、外国との戦争で手痛い打撃を受けたのですが、両藩で、その捉え方は全く異…

孝明天皇の真意をごまかした長野主膳が安政の大獄の原因を作った

嘉永6年(1853年)のペリー来航で、これまで国を閉ざしてきた日本は開国を迫られることになりました。諸外国が日本との交易を望んでいるのなら、開国し、条約を締結して友好関係を築けば、国内の生産物を海外に輸出できますし、また、海外から国内にないもの…

劇中の織田信長と信長公記の織田信長の異同を知る

時代劇や歴史小説で描かれる織田信長は、短気で怒りっぽく、新しいものに興味を持ち、古いものは壊していく、革新的な面と破壊的な面を持つ人物です。また、数々の逸話も作中で採り上げられることが多く、中には本当なのかと疑ってしまうものもあります。こ…