ウェブ1丁目図書館

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市場競争が格差を作るとしてもセーフティネットの構築には市場競争が必要

21世紀に入ってから、格差問題が頻繁に議論されるようになっています。

裕福な人と貧乏な人の二極化が起こっていると指摘する識者がメディアに登場する機会が多くなっているので、日本社会が20世紀後半との比較で格差社会となっているのは事実なのでしょう。

生活が行き詰まるほど貧しい人が増えないようにするには、格差の是正が大切だというのはわかります。しかし、ここで市場競争を抑制することが格差問題解決に有効だとすることには疑問があります。

貧困救済を国に求めるべきか

社会には、他人が手助けしなければ生活できないほど貧しい人が一定割合います。発展途上国だけでなく、日本やアメリカのような先進国でも貧困家庭は存在します。そして、貧困家庭には、何らかの手助けをすべきだと考えている人は多いと思います。

経済学者の大竹文雄さんの著書「競争と公平感」にアメリカの調査機関であるピュー研究所の2007年のピュー・グローバル意識調査の結果が掲載されています。これによると、貧困救済を国の責任と考えている日本人は59%いるそうです。

半数以上の人が、国が貧困救済をすべきだと考えているのは多いように思います。ところが、スペインは96%、ブルガリアは93%、インドは92%であり、競争社会の代表とも言えるアメリカでさえ70%の人が貧困救済を国の責任と考えているのです。したがって、他国との比較では、貧困救済を国がすべきだと思っている日本人はとても少ないと言えます。

また、同研究所は、「貧富の差が生まれたとしても多くの人は自由な市場でより良くなる」と考えている人の割合も公表しています。それによると、インドは76%、中国は75%、イタリアは73%、アメリカが70%となっているのに対して、日本は49%と半数以上の人がこの考え方に反対しています。

これらの調査結果から、日本では市場競争が貧困家庭を生み出していると考えている人の割合が高く、また、貧困家庭に手を差し伸べるべきと考えている人が他国よりも少ない国民だと言えそうです。

市場競争が貧困をもたらす?

日本人がこのように考えているのは、「市場競争が貧富の差を生み出すのだから、競争を抑制すれば貧困家庭は生まれない。したがって、競争を制限しさえすれば、国が貧困家庭を支援する理由も無くなる」という意識があるからではないでしょうか。

しかし、競争のない社会では、社会全体が豊かになるのが難しいです。競争には、必ず勝者と敗者が現れますが、競争を否定すると社会全体が貧しくなります。競争のない社会では格差は縮まるでしょうが、国民全員が平等に貧しくなります。それを共産主義社会が教えてくれました。

議論すべきは、競争をいかに制限するかではなく、競争で負けた人たちの支援、すなわちセーフティネットの構築なのです。

「市場による自由競争によって効率性を高め、貧困問題はセーフティネットによる所得再分配で解決することが望ましい」。これは、どんな経済学の教科書にも書いてあることだ。実際、ほとんどの経済学者はこの市場競争とセーフティネットの組み合わせによって私たちが豊かさと格差解消を達成できると考えている。ところが、この組み合わせは日本人の常識ではないようだ。
(5ページ)

競争のない社会では、勝者も敗者も現れません。だから、そのような社会で貧困が発生するのは、働かないからだ、努力しないからだと考えるようになります。市場競争に否定的な日本では、そもそも貧困家庭は生まれないという意識が根強く残っているのでしょう。それが、国がセーフティネットを構築すべきだと言う人が増えない理由と言えそうです。

市場競争とセーフティネットは一体で議論されるもの、つまり両者は表裏一体の関係にあるのだと考える人が増えないことには、格差問題の解決は難しいのではないでしょうか。

市場競争の否定は消費者保護にならない

何もしなくても、お金がもらえたらいいのに。

誰もが一度は考えたことがあるでしょう。今の仕事が辛いと思っている方なら、特にそのように考えるのではないでしょうか。

市場競争も同じことで、参入者が多くなれば多くなるほど競争が激化し辛くなりますから、これ以上市場に参入しないでほしいと考える事業者が増えます。事業者の立場からすれば、法規制により参入障壁が高くなれば仕事が楽になります。さらに同業他社とカルテルを結べば、価格の下落という危険も無くなり高い利潤を獲得できます。

でも、これは消費者にとっては困りものです。なぜなら、商品を割高な値段で買わされるからです。また、市場競争は、売れ残りや品不足の発生も少なくする効果があるので、資源の無駄をなくせる利点もあります。しかし、市場競争は、人々の間で発生する所得格差は解消してくれません。それでも、市場競争は社会全体を豊かにするので格差解消に貢献する面があります。

社会全体の所得が上昇するという意味で、市場経済が人々を豊かにするので、豊かな人から貧しい人に所得を再分配する余力も生まれて、貧しい人の生活水準を上げることもできる。簡単にいえば、市場経済のメリットとは「市場で厳しく競争して、国全体が豊かになって、その豊かさを再分配政策で全員に分け与えることができる」ということだ。
(69ページ)

所得の再分配は、大金持ちの課税を強化して貧しい人にそれを分け与えれば良いと考える人が多いですが、そもそも市場競争を否定した社会で、どれだけの大金持ちが生まれるのか。

大金持ちが生まれなければ、大金持ちからの納税は期待できません。当然、財源が確保できない以上、貧困問題も解決しません。今よりも社会全体が豊かになるからこそ、貧困家庭への支援がしやすくなるのです。

心地良い言葉に惑わされていないか

選挙になれば、格差解消を声高に掲げる候補者が出てきます。格差解消は良いことですが、その内容が「企業の内部留保を賃金給与の支払いのために取り崩すべきだ」と言うのはいかがなものか。

内部留保は、きっと貸借対照表の利益剰余金を指しているのでしょうが、利益剰余金が多いことが、まるで企業が労働者から搾取したお金がたんまりあると思い込ませる表現になっているように思います。非常におかしい表現なのですが、多くの国民は、「内部留保を賃金給与へ」と言う候補者に共感を持つようです。

大竹さんの著書に金融広報中央委員会の2005年の「金融に関する消費者アンケート調査(第2回)」の結果が紹介されていました。随分前の調査ではあるのですが、この調査結果を見ると経済の基本的なことを知らない人がとても多いように思えます。以下にアンケートの質問内容を1つ掲載します。

質問2 国債金利と価格の関係を正しく説明しているのは、つぎのうちどれか?

1 国債の価格が上がると、金利が上がる。
2 国債の価格が上がると、金利が下がる。
3 国債の価格と金利との間には、何の関係もない。
4 よくわからない。
(123~124ページ)

答えは、「2」です。なぜ、国債の価格が上がると、金利が下がるのかの具体的解説が載っていないので、僕が代わりに説明します。

今、額面1,000円の国債が市場で900円で取引されていたとします。償還は1年後で、利息も含めて1,050円が返ってくるとしましょう。この場合、国債の利率は以下の計算から16.67%になります。

利率=(1,050円-900円)÷900円×100%=16.67%


もしも、同じ国債が市場で1,020円で取引されていた場合は、利率は2.94%になります。

利率=(1,050円-1,020円)÷1,020円×100%=2.94%


国債が900円で取引されている時の利率は16.67%ですが、1,020円に値上がりした場合には2.94%になります。国債の価格が上がると金利(利率)が下がっているのがわかると思います。もちろん、価格が高い国債の方が安全性が高い国債です。価格が低いのはデフォルトの危険が高いからです。そのため、投資家はリスクプレミアムの上乗せを要求します。

デフォルトやリスクプレミアムという言葉を知る必要はないでしょうが、国債の価格と金利の関係は抑えておいた方が良いでしょう。悪徳証券マンから「金利50%の将来性のある新興国国債に投資できますよ」と勧誘を受けた時、「高金利の理由は国債の価格が下がっていて危険だからですよね」と反論できませんからね。

上記の質問に正確に答えられた人の割合は、わずか16.0%だったそうです。大学・短大で経済学を専攻した人に限っても36.6%しか正答できなかったみたいです。

この結果を知ると、日本人が、市場競争にも国の貧困対策にも否定的なのは仕方なさそうです。