ウェブ1丁目図書館

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神仏分離と徴兵制

現在では、神社とお寺は別々に存在するのが当たり前となっています。

両者の違いがよくわからない人は、鳥居が建っているのが神社と覚えておけば大体正解です。ただ、お寺の中にも、境内に鎮守社があり、その前に鳥居が建っていることがあるので、鳥居があれば必ず神社とはならないのですが。

現在のように神社とお寺が別々に扱われるようになったのは、明治維新神仏分離令からであり、江戸時代以前は、お寺の中に神社があったり、神社の中にお寺があるのが当たり前でした。別に神社とお寺が同じでも、我々国民には関係なさそうです。それなのに明治政府は、なぜ神仏分離を行ったのでしょうか。

キリスト教に対抗するために国民を一致団結させる

江戸時代が終わって明治になると、日本は急速に近代化していきました。

近代化とは、言わば西洋化です。これまで国を閉ざしていた日本は、海外から様々な文化を取り入れるとともに西洋のルールにも従わなければならなくなりました。それは、宗教にも大きな影響を与えます。江戸時代は、キリスト教を信仰することが禁止されていましたが、明治になってからはキリスト教を信仰することを認めなければならなくなったのです。

作家の井沢元彦さんの著書『逆説の日本史 23巻 明治揺籃編』では、明治政府の神仏分離令の狙いが興味深く解説されています。

明治時代の西洋諸国は、すべてキリスト教国でした。キリスト教国は、日本の江戸時代以前は、数々の国を侵略していました。そのキリスト教国は、近代的な武器を手にし隣の中国(清国)も食い物にしていたので、日本人は、次は自分たちの番ではないかと恐怖していました。

国を開いた以上は、日本はキリスト教が入ってくることを拒否できません。しかし、キリスト教を認めることは、西洋諸国に侵略される危険を高めることになります。

一神教であるキリスト教は、神以外の絶対者を認めません。天皇のもとで一致団結して国を盛んにしようとする明治政府にとって、このようなキリスト教は厄介な存在であり、その信者が増えることは好ましいことではありませんでした。

そこで、明治政府は神仏分離令を発したのです。

キリスト教に対抗するために朱子学を利用

神仏分離は、神と仏を別とすることです。ここでいう神は、日本古来から信仰されている神のことです。その神の中には、天皇の祖先神も含まれています。

一神教であるキリスト教に対抗するには、日本も一神教を広めるしかない。つまり、天皇の祖先神に対する信仰の強化です。そのためにまず神社とお寺を分けたのです。

江戸時代、徳川家康朱子学によって身分を固定し、主君を敬うよう強制しました。朱子学には、外国人を排斥したり、商業を蔑視する風潮もありました。明治になったとは言え、まだ、朱子学の影響から抜けきっていない当時の人々は、神仏が混ざり合っていたこれまでの日本の宗教から、仏を排除することで、神道純化することが大切だと考えます。

そして、天皇のもとに国民が一致団結すれば、キリスト教を認めても、その信者となって他国の侵略を許すことはないだろうと。

これまで多神教であった日本は、明治以降、天皇を中心とした一神教のような国に変わっていきます。

妻帯を認めたことで僧侶も徴兵の対象に

徳川家康は、戦国時代を終わらせ平和な社会を築くために身分を固定しました。そして、仏教界に対しては、戒律を重んじることを要求します。

戦国時代、仏教界は、武器を持って戦う集団でした。しかし、これは、仏教の不殺生戒という人を殺してはいけないという戒律を破る行為です。だから、徳川家康は、仏教界に対して戒律を守らせるようにしました。その中には、妻帯してはいけないという戒律も含まれています。ただ、戒律を守れというだけでは仏教界に厳しすぎるので、信者獲得が容易になるように檀家制度を作り、地域の住民を強制的に檀家とし、お寺が住民の戸籍管理を行えるようにしました。

僧侶の妻帯を厳しく禁止したのは江戸時代からで、それ以前の日本の仏教界では、それほど厳しくありませんでした。天皇が出家し法皇となった後に子をなすこともありましたから、平安時代には、僧侶の妻帯は、それほど口うるさく言われるようなことではなかったようです。

さて、江戸時代に戒律を守るように言われていた仏教界ですが、明治になって僧侶が結婚することは自由となりました。戒律を守らなくてもかまわないと明治政府が許可したわけです。

しかし、仏教界にとって、これは必ずしも好ましいものではありませんでした。結婚が自由となり戒律を守る必要がなくなったことは、不殺生戒も守る必要がなくなったということであり、それは、僧侶も徴兵の対象とするという意味だったからです。

お坊さんまで戦争に行かなくても良いだろうと思うでしょうが、キリスト教国の侵略を見ていると、そのようなことは言ってられません。天皇のもと、日本国民が一丸とならなければキリスト教国からの侵略を防げませんから、僧侶も兵士として戦うことを強制する必要があったのです。


神社とお寺を分離することに何の意味があったのか、よくわかりませんでした。

でも、本書を読んで、明治初期に神仏分離が必要だったことが理解できました。一神教であるキリスト教に対抗するには、天皇の祖先神を絶対とする信仰を日本国民に植え付けなければならなかったんですね。