ウェブ1丁目図書館

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戦前の軍国主義と戦後の平和主義は元寇までさかのぼる

鎌倉時代に日本を窮地に陥れた大事件と言えば元寇です。

元寇は、モンゴルから興った大帝国「元」が海を渡って、日本を支配下に治めようとした事件で、それまで他国の脅威はあったものの侵略されそうになったことはこれが初めてです。しかし、日本は元に侵略されませんでした。その大きな理由は、神風が吹いたからとされています。

元は得意の騎兵を使えなかった

元が13世紀に世界最大の帝国になれたのは、戦争で騎兵を使いこなしたことが理由に挙げられます。馬に乗った戦士たちが一斉に突撃する破壊力はすさまじく、短期間に中国を支配してしまいました。

元の騎兵団は、1人が1頭の馬に乗って戦うのではなく、1人で何頭もの馬を従軍させる戦闘方式でした。馬が疲れたり負傷すると、別の馬に乗り換えて戦うのが彼らの戦法だったのです。しかし、元寇の時には、元軍は得意の騎兵を使えませんでした。

作家の井沢元彦さんの著書「逆説の日本史(6)中世神風編」でその理由が解説されています。

二万人の兵を騎兵として運用したいのなら、最低でも八万頭(二万人×四頭)の馬を一緒に連れてこなければならない。
そんな大量の馬を海上輸送するような技術は、当時世界中どこを探してもないのだ。
(中略)
もう一つ困難なのは飼料の問題だ。輸送中も上陸してからもエサはいる。しかし、日本はモンゴルのような大草原ではない。エサは簡単に手に入らないのだ。
(302~303ページ)

日本が元に侵略されなかったのは、四方を海で囲まれている地理的条件があったことは間違いありません。

もしも、日本が大陸と地続きなら、元の騎兵団の破壊力に屈していたでしょう。

一度目の神風

鎌倉武士団は、元の集団戦法やハイテク兵器に当初は苦戦しました。しかし、騎兵を使えない元軍は本領を発揮できず、鎌倉武士団も元軍の戦いに慣れてきたことから、彼らは思うように戦えませんでした。

1274年10月21日の朝。

鎌倉武士団に幸運が訪れます。

なんと一夜にして元軍が全くいなくなっていたのです。これが世に言う神風で、元軍が乗ってきた船が暴風雨によって沈没したのです。

神風が吹いても、陸上に残っていた元軍は無傷だったのではないかという疑問がわいてきます。しかし、元軍は、夜は船に引き上げていたので全員が暴風雨の被害に遭いました。元軍が、夜になると船に戻り朝になると上陸して戦うという手間のかかることをしていたのは、鎌倉武士団の抵抗に苦戦していたからです。

二度目の襲来も神風で撃退

しかし、元にとっては、1回目の遠征が失敗しても痛くも痒くもありません。なぜなら、日本に出兵させた多くの兵が高麗(朝鮮)の人々だったからです。また、日本に向かうための船も高麗に建造させたものだったので経済的打撃もありません。

だから、一度の失敗にくじけることなく、元は二度目の日本遠征を開始しました。

新たに建造した船は、高麗製のものだけでなく南宋製のものもありました。元の皇帝フビライは、一度目の遠征では高麗の手抜き工事の船のせいで沈没したと考えたので、今度は新たに支配下に治めた南宋の人々にも造船を命じていたのです。

ところが、二度目の元の襲来も、鎌倉武士団は神風によって撃退。

日本は、元に侵略されることはありませんでした。

戦えば神風が吹く、祈れば平和が訪れる

井沢さんは、元寇が日本人を防衛オンチにしたと述べています。

第2次世界大戦のときの神風特攻隊の「神風」は、元寇のときの神風が由来です。日本人が本気で戦えば、やがて神風が吹いて勝利に導いてくれるという気持ちがどこかにあったのでしょう。

①元軍の主体がモンゴル騎兵ではなく「多国籍」の歩兵だったこと
②鎌倉武士が奮戦して防いだこと

が人為的な原因であって、これに「神風」という偶然の要素が重なったのである。
この体験は強烈であった。
(324~325ページ)

この他にも、元軍を撃退できたのは自分たちのおかげだと言う人々がいました。

それは朝廷です。朝廷は、元が襲来した時、寺社に祈祷を命じていて、それが功を奏して元の侵略から日本を守ったのだと主張したのです。


軍人は根性や気合で戦い抜けば戦争に勝てると言い、民間人は平和を祈り続ければ戦争は起こらないと言う。

これは戦前の軍国主義と戦後の平和主義とよく似ています。

日本は神国だから戦えば必ず勝てるという思い込みは、第2次世界大戦での敗戦で間違いだと気付きました。しかし、祈れば平和がやってくるという考え方は現在も残っています。それは、憲法9条があれば戦争にならないという考え方です。

日本国憲法は日本人だけのルールであり、外国の指導者にはそれを守る義務も責任もない。(中略)いくらデモを行いプラカードに「世界平和の実現」と書いて行進しても、ただ言葉で訴えるだけでは、世の中は変わらない。
(330ページ)

無条件降伏の悲惨さ

元寇は、現代日本人に多くのことを教えてくれています。

その中でも、無条件降伏の悲惨さを特に知っておくべきでしょう。元は、元の騎兵団を中心とするのではなく高麗の人々を中心に編成した軍隊を日本に送り込んできました。そして、出兵のための費用も高麗に負担させていたのです。

元に侵略された高麗は、元に逆らうことができず、言われるままにやりたくもない戦争をやらされ、作りたくもない船を造らされたのです。それは、高麗が元に無条件降伏をした結果なのです。

日本は第2次大戦でアメリカに無条件降伏をしました。

その後、日本は現代まで戦争をしていませんが、これは長い人類史において非常にまれなことなのです。無条件降伏を受け入れた敗戦国戦勝国の言いなりになる方が圧倒的に多かったことを忘れてはなりません。

もしも、アメリカが先例通りに日本を統治していれば、朝鮮戦争ベトナム戦争に多くの日本人が徴発されていたでしょう。そのための兵器を日本の国家予算で作らされていても何の不思議もなかったのです。

しかし、アメリカがそのような先例にならった統治をしなかったおかげで、日本は第2次大戦後、戦争に巻き込まれていないのです。

憲法9条を楯にアメリカの要求をうまくかわしてきたという側面はあるでしょう。しかし、戦争9条は日本から戦争を仕掛けないというだけであって、他国から侵略されないことを保障したものではありません。

世界平和を祈っても、神風が吹かない限り世界平和が訪れることはないでしょう。

逆説の日本史〈6〉中世神風編 (小学館文庫)

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