ウェブ1丁目図書館

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ベーシックインカムの導入は勤労義務の呪縛から国民を解放する

労働は美徳か。

額に汗して働く姿は美しいし、目標に向かって一心不乱に努力している人を見ていると応援したくなります。一方で、目標を持たず、働らきもしない人は怠惰なので、困窮しても自業自得だから仕方ないと考えがちです。

ところで、なぜ、労働は美徳と考える人が多いのでしょうか。そして、何もしないことをなぜ悪だと考えてしまうのでしょうか。

国民に勤労義務を課すのは日本と北朝鮮くらいのもの

日本国憲法では、国民の三大義務として、納税、勤労、教育が謳われています。ほとんどの人は、当たり前すぎて、三大義務に疑問を持たないでしょう。高額所得者だと、納税額が多すぎるので、納税義務に対して不満を持っているかもしれませんが。

経済学者の井上智洋さんの著書「AI時代の新・ベーシックインカム論」では、三大義務のうちの勤労義務について興味深いことが述べられています。

我々が当たり前と思っている勤労義務。なんと、憲法で規定されているのは日本と北朝鮮くらいなのだとか。高度に資本主義が発達した国家と独裁国家が、勤労について同じ発想だったとは驚きです。

さて、井上さんの著書のタイトルにあるベーシックインカム(BI)とはなんぞやと疑問に思う方がいると思います。BIは、収入水準に関わらず、最低限度の生活に必要なお金を国民全員に一律に給付する制度のことです。一般的には、貧困者を救済する制度と考えられています。

BIの給付額をいくらにすべきかは、論者によって異なりますが、井上さんは毎月7万円、年間84万円の給付が妥当と考えています。この程度の給付であれば、失業しても飢えることはなさそうです。

BIは働かない国民を増やすか?

働かなくてもお金がもらえるのなら、誰も働こうとしなくなるからBIの導入は好ましくないという批判があります。

確かにカナダのドーフィンで行われた実験では、日本円で3万円~15万円を毎月給付すると、男性の1%、既婚女性の3%の労働時間が減ったとの結果が出ています。しかし、その理由をみると、子供と過ごす時間を増やす、十代の若者が家計を支えるための労働をしなくて済むといった、好ましい労働時間の減少だったそうです。すなわち、怠けたいから労働時間を減らすといった理由ではないのです。

さらに同じ実験では、以下の好ましい結果も出ています。

  • DVの減少
  • 育休期間が長くなる
  • 住民のメンタルヘルスの改善
  • 入院期間の大幅な減少
  • 学生の学業成績の向上


また、井上さんは、BIの導入で少子化の改善も期待できるのではないかとも考えています。十代の若者の家計を支えるための労働が減り、両親が子供と過ごす時間を確保できるのなら、その可能性もあり得るでしょう。

日本には、貧困を救済する制度として生活保護があります。しかし、生活保護は、申請しても認められないことが多く、貧困者の2割しか手当てされていません。また、生活保護の受給額以下の給料しかもらえない仕事しか見つからなかった場合には、働くことで生活水準が下がるため、労働意欲が低下するといった欠点があります。

生活保護は審査にも費用がかかりますから、無条件に国民全員に給付するBIの方が費用の削減にもなります。

BIの財源をどうすべきか

毎月7万円を一律に給付するBIを導入すると、約100兆円の予算が必要です。国家予算とほぼ同じくらいの額ですから、増税が必要になることは言うまでもありません。しかし、BIの導入で、生活保護雇用保険などの社会保障費を削減できますから100兆円の増税は必要ありません。既存の社会保障を一部廃止するだけでも30兆円超の予算を捻出できますから、70兆円弱の増税で済みます。

増税すると、高額所得者に負担増をお願いすることになりますが、所得が低い人も税を負担することで高額所得者の負担増を減らせる可能性があります。年間100万円の収入であっても所得税を負担すれば、税収が増えます。仮に20万円の所得税を納める必要があったとしても、年間84万円のBIが給付されるので、差引64万円の収入増になります。

現在の生活保護だと年収100万円の仕事を生活保護受給者が選択すると、給付が打ち切られるので、さらに困窮します。でも、BIであれば働けば働くほど収入が増えるので、生活保護よりも優れた制度と言えます。

さらに井上さんは、貨幣発行益もBIの財源に使えると述べています。

1万円札1枚を作るのに約20円の費用がかかりますから、1万円札1枚の製造での貨幣発行益は9,980円です。これをBIの財源に使おうというわけです。

貨幣を好き放題に発行するとインフレを招くので好ましくないとの批判がありますが、目標インフレ率を2%や3%と設定しておけば、その範囲での貨幣発行しか行えないので問題ありません。

現在の貨幣制度は銀行中心の貨幣制度(Bレジーム)です。民間銀行は、貸出によって自由に貨幣を作り出せます。これは経済学の初歩的な知識なので詳しい解説は省略します。Bレジームのもとでは、貨幣発行益を享受するのは民間銀行です。井上さんは、貨幣発行益の享受は国民の正当な権利なのだから、民間銀行にそれを与えるのは好ましくないと述べます。

そして、井上さんは、新たに国民中心の貨幣制度(Cレジーム)を採用するべきだと提案しています。

Bレジームのもとでは、お金は、まず中央銀行から民間銀行に流れ、その後、企業を通して家計に流れます。一方、Cレジームでは、国が発行した国債中央銀行が引き受けると同時に貨幣を作り、それをまず民間に流し、次いで民間銀行から企業へと流します。つまり、Bレジームでは貨幣発行益を家計は間接的にしか受け取れなかったのが、Cレジームでは貨幣発行益を家計が直接受けられるようになります。

僕は、上記の他にふるさと納税の一部をBIの原資に活用するのも良いと思っています。例えば、寄付を受けた自治体は、寄付額の10%をBIの財源として国に納めるといった形で。ふるさと納税の寄付額をBIの原資に充てることには以下の利点があると考えます。

  1. 寄付額の一部が貧困対策に使われるので、ふるさと納税は富裕層優遇の税制という批判を減らせる
  2. 自治体は、寄付額の一部を国に納めなければならないので、返礼品の高額化が抑えられる


BIの財源として、ふるさと納税は少なすぎるでしょうが、既存の制度を活用して国民の税負担を少しでも減らせるのなら利用しない手はないでしょう。

勤労義務を課すのは国家の欲である

現代の日本人は、他国から勤勉な民族と見られています。ところが、江戸時代にやってきた外国人は、なんと怠惰な民族なのかと驚いたそうです。

日本人が勤勉になったのは、明治維新以降です。その理由を一言で言えば、列強諸国の論理に従ったとなります。

勤労道徳は、16世紀にマルティン・ルター宗教改革で、怠惰を批判したことから生まれ、以降、イングランドやオランダでは拷問によって勤労義務を国民に根付かせました。経済発展に魅せられた支配者が国民を強制的に働かせたのです。

列強諸国が他国を植民地支配した背景には、為政者の欲もあったのでしょう。そして、列強諸国のルールは、幕末に日本にも否応なく輸入され、日本国民に勤労義務が課されていったのです。

現生人類の脳が、他の動物たちよりも発達したのは樹上生活をやめ大地を2本足で踏みしめるようになってからというのが、進化生物学の通説です。高栄養の動物を狩って食べ始めたことで、捕食のための活動時間が極端に短くなりました。暇を持て余した我々の先祖は、様々な創意工夫のために時間を使うようになり、次第に脳が発達してきたという。

クリエイティブな活動には、時間が必要です。BIは、飢えを防ぐだけでなく、我々を創造的活動に向かわせることにも寄与するのです。

「AI時代の新・ベーシックインカム論」では、AIの発展で既存の仕事がAIに奪われた時のためにBIの導入が必要だと説いています。しかし、それ以上に重要なのは、我々の労働観の問い直しであり、本書は、それを考えさせる端緒となるはずです。