日本でこのまま少子高齢化が進むと、労働力人口が減り、経済が衰退すると危惧されています。働く人がいなくなっていけば、やがて、経済が衰退していくことは容易に想像できるでしょう。
だから、人口が減らないようにしなければならない。
このような発想になるわけですが、その前に日本社会では、人材が有効に利用されているかどうかを再考する必要があります。例え、これから出生率が上がり、子供がたくさん生まれたところで、大人になるまでは働かないのですから即戦力にはなりません。日本には、今すぐにでも高度な仕事ができる人材がたくさんいるのですから、彼ら彼女らを有効利用しない手はありません。
日本の中高年の能力は世界一
これからは、情報通信技術(ICT)と人工知能(AI)の発達により、人の仕事は減少すると考えられています。一方で、人間の判断力を必要とする仕事には多くの需要があります。また、単純作業は、ICTやAIにとって代わられることはないと考えられています。一方で、高度な判断を要する仕事と単純作業の中間にあたる仕事は、今後、ICTやAIに奪われていくのではないかと予想されています。
そうすると、日本は、経営者層とアルバイトだけが生き残る社会になりそうですが、そのようなことはありません。
国連で働き、MBA取得後に証券会社で勤務し、2013年から経済協力開発機構(OECD)東京センター長を務める村上由美子さんは、著書の『武器としての人口減少社会』で、日本人の読解力と数的思考力が世界一であることを各種統計資料を基に示しています。
特に55~65歳の読解力と数的思考力は、他のOECD加盟国と比較して頭一つ抜けています。
なぜ、日本の中高年の能力が高いのでしょうか。
村上さんは、日本の基礎教育システムが高度であることに加え、日本企業での職場内訓練が労働者の能力を高めたと分析しています。終身雇用や年功序列は、長期的な人事戦略に基づき、従業員を育成していきました。また、上司が部下の面倒を見ながら一人前に育てる企業文化も会社への忠誠心を育てましたし、職場内ローテーションも組織のあらゆる業務に精通するのに有効でした。
しかし、終身雇用や年功序列は、人材の有効利用を妨げる原因ともなっていました。
新卒採用に偏る
日本企業に就職しようと思ったら、学生時代に就職活動をして内定をもらうことが条件となっています。
学校や大学を3月に卒業し、4月から新入社員として働くことを当たり前としていたため、中途採用の門戸が狭くなっていたのです。留学したり、海外にボランティア活動に行ったりして、卒業が数ヶ月遅れただけで就職できなくなる社会の構造は、高学歴でありながら定職に就けない人々を増やしました。2012年の調査によると、日本は、OECD加盟国では、韓国に次いで大学・大学院修了者のニートの割合が高くなっています。
宝の持ち腐れではなく、人財の持ち腐れとなっているのが、現代の日本社会なのです。このような状況で、労働力不足の解消のために子供を増やそうとするのは、いかがなものでしょうか。20年後の労働者の確保よりも、今活用されていない労働力を有効活用することを優先すべきです。
新卒採用に偏らず、中途採用も増やすことで、優秀な人材を採用できる可能性が高まるのですから、新卒採用と中途採用のバランスを見直すことが大切でしょう。
日本の女性も世界一
日本の中高年の読解力と数的思考力が、OECD加盟国でトップでしたが、実は、日本の成人女性の読解力と数的思考力もトップです。
しかし、女性は、結婚出産を機に仕事を辞めることが少なくないので、彼女たちの能力を有効活用できていません。
仮に女性が出産育児で仕事を一時的にやめ、育児が一段落ついたところで仕事を再開しようと思っても、出産前に築いたキャリアを生かしにくい面があります。先ほど述べように中途採用が難しい日本社会では、女性の再就職は不利と言わざるを得ません。
日本では、16歳未満の子供を持つ男女の賃金格差は61%にも及ぶとのこと。これは世界最大であり、いかに日本企業が、女性の能力を有効活用できていないかがわかります。
また、このような賃金格差は、女性の出生率にも影響を与えていると考えられています。米国では、高学歴の女性の出生率が1980年から2014年の間に50%増加しています。高学歴の女性は報酬が高く、家事や育児の良質なサービスにお金をかけられることが理由と考えられています。
それなら、日本も女性の収入が増えれば出生率が上がりそうですが、日本では専業主婦が当たり前の風潮が強く、母親が子を育てることは当然となっていることから、女性の社会進出が難しい面があります。これは、多くの日本人が儒教と論語を無意識のうちに信仰している影響もあるでしょうから、男女雇用機会均等法のような法律を作るだけでは解消しにくいかもしれません。
一部の人に仕事が集中する
人材を有効活用できていないことについては、一部の人に多くの仕事を任せる風潮があることも原因と言えます。
2014年の日本人の年間労働時間は1,729時間でした。OECD平均が1,770時間なので、もはや日本人の労働時間は長くないと思えそうです。ところが、このデータには、日本人の労働時間に非正規社員やパートタイム労働者が含まれており、正社員だけで見た場合、労働時間は長くなっています。
週50時間以上働く雇用者の割合は、OECD平均が約13%であるのに対し、日本は約22%となっています。これはOECD加盟国で最も高い水準です。この点からも、日本では、一部の人に仕事が集中している状況がうかがえます。
ICTやAIが人間の仕事を奪うと危惧されていますが、現代の日本では労働力が不足しているので、むしろ、これら技術の発展は歓迎すべきことと言えます。それよりも、有効活用できていない優秀な人材が日本社会に埋もれていることが、もっと知られなければなりません。少しの訓練で、高度な仕事ができる人材が大勢いるのに気づかれずに埋もれてしまうのは、社会にとって大きな損失です。
女性や中高年層が働きやすい環境が整えば、労働力不足の問題は解消するでしょう。
武器としての人口減社会 国際比較統計でわかる日本の強さ (光文社新書)
- 作者:村上 由美子
- 発売日: 2016/08/17
- メディア: 新書