日本人の保険好きは今に始まったことではありませんが、改めて考えてみると異常なほど様々な保険に加入しています。
公的な保険で言えば健康保険と基礎年金にはほとんどの人が加入しており、それに加えて会社員であれば厚生年金や厚生年金基金などに入っていますよね。そして、私的な保険で言えば保険会社が販売している生命保険や損害保険にも多くの日本人が加入しています。
交通事故のことを考えるとドライバーは自動車保険に加入しておいた方が良いでしょう。でも、生命保険やそれと一体になって売られている医療保険に加入するべきなのでしょうか?
1ヶ月に100万円を超えるような医療費を負担することはまずない
日本人の死因で最も多いのがガンです。ガンにかかるとその治療費が毎月の給料を超えることがあり、場合によっては100万円以上負担しなければならないといった噂話を聞いたことがあるのではないでしょうか?
そういった噂話を聞いたことがなかったとしても、ガンになったら毎月どのくらいの治療代を負担しなければならないかを尋ねられると、30万円とか40万円とか、それくらいはかかるんじゃないかと思いますよね。でも、保険治療であれば1ヶ月の自己負担額に上限があるので、ほとんどの人は毎月もらっている給料よりも少ない金額しか払う必要はありません。
ライフネット生命保険設立に参画した岩瀬大輔さんの著書「生命保険のカラクリ」で、そのあたりのことが簡単に説明されているので引用します。
実際には、ほとんどのケースにおいて、医療費の自己負担額はそれほど大きくない。「高額療養費制度」という制度のおかげである。この制度によって、自己負担額には上限が設けられている。標準的な所得層の人であれば、ひと月あたりの自己負担の上限は一0万円弱である。したがって、何百万円という医療費が仮にかかったとしても、原則としてひと月あたりは一0万円前後でおさまる。
例えば、がんで入院して、治療に三00万円がかかったとする。自己負担である三割を計算すると九0万円となるが、この場合であっても、自己負担はひと月あたり一0万円+αが上限となる。(105~106ページ)
高額療養費制度を知っている人は若い世代で2割ほど、40代~50代でも3割前後しか知らないようです。
2018年8月から高額療養費制度が変更される
高額療養費制度は、2018年8月から変更されます。変更点を簡単に述べると、高額所得者の自己負担額が増えるということです。以下に厚生労働省保健局の「高額療養費制度を利用される皆さまへ」に記載されている2018年8月から70歳未満に適用される高額療養費制度の内容をまとめた表を示します。
適用区分 | 1月の上限額(世帯ごと) |
[ア]年収約1,160万円~ | 252,000円+(医療費-842,000円)×1% |
[イ]年収約770~約1,160万円 | 167,400円+(医療費-558,000円)×1% |
[ウ]年収約370~約770万円 | 80,100円+(医療費-267,000円)×1% |
[エ]~年収約370万円 | 57,600円 |
[オ]住民税非課税者 | 35,400円 |
例えば、「区分ウ」に該当する方が、ガンにかかり毎月の治療代が100万円かかったとしても、1年のうち最初の3ヶ月間の毎月の自己負担額は9万円弱なので、毎月の給料を上回るような医療費を負担する必要はありません。
「区分ア」と「区分イ」の方になると、医療費の自己負担額が多いなと感じますが、収入との比較だと決して支払いが難しいとまでは言えませんね。
生命保険会社で最も収益が大きいのが死差益
生命保険会社の収益源は、死差益、利差益、費差益の3つです。前掲書で説明されている内容を簡単にまとめます。
死差益
死亡や入院などの発生確率と比べて、実際の支払が少なかったことによって得られる利益。危険差益とも言われる。
利差益
預かった保険料などの運用が、保険料に織り込まれた利率よりも高い利回りを出すことによって得られた利益。運用損は利差損という。
費差益
事業費として保険料に織り込まれているコストを、経営努力を通じて下回ったことによる利益。
上記3つの収益源の中で、保険会社が努力によって得る収益は利差益だけと言えるでしょう。費差益も経営努力の結果コストダウンに成功したのだから保険会社の取り分として良いように思えます。しかし、そもそも保険料には人件費など事業に必要な手数料部分は付加保険料として上乗せされているので、費差益が出るということは、加入者から見ると本来払う必要のなかった付加保険料を余分に払っていたと言えます。
そして死差益。これが最もたちの悪い収益です。
死差益は、保険会社が死亡や入院の発生確率を多めに見積もったことで発生します。加入者の健康意識が高まって病気になりにくくなるということもあるでしょうが、実態はそうではありません。
利差損を費差益と死差益で穴埋めする経営体質
日本の大手生保は、運用の失敗による損失すなわち利差損を費差益と死差益で穴埋めしていることが「生命保険のカラクリ」で指摘されています。同書では、2006年度の大手生保の費差益、利差益、死差益が掲載されており、ある生保の場合だと、利差損1,500億円を費差益2,100億円で穴埋めし、死差益5,800億円で利益を出しています。他には、利差損1,710億円を費差益850億円で穴埋めしきれず、死差益3,550億円で補填して利益を出している生保もありますね。
同書に掲載されている日本の生保は、どこも利差損が発生し、死差益が収益の大部分を占めています。
そもそも、なぜ死差益が3つの収益の中で最も多くなるのでしょうか?
それは、契約前の死亡や入院などの発生確率を高く見積もりすぎているからです。
厚生労働省が発表している2007年度の完全生命表の女子の50代、60代、70代の10万人当たりの死亡者数(黒字)と生命保険業界が保険料を設定する際に使う標準生命表の死亡保険用の10万人当たりの死亡者数(赤字)を示します。
- 50代:176人 216人
- 60代:364人 379人
- 70代:890人 914人
厚生労働省が発表している死亡者数は健康状態を考慮していません。つまり、持病があったり、喫煙習慣があったり、肥満傾向にあるなどといった死亡率を高める要因を除外していない数字です。生命保険に加入する場合、健康診断の結果が悪ければ契約できないことがあります。不健康な人が加入すると健康な加入者の保険料の負担が重くなりますし、生保にとっても保険金の支払額が増えるからです。
だから、本来なら生保が用いる死亡保険用の死亡者数の人数は、厚生労働省の発表している死亡者数よりも少なくならなければおかしいのです。それなのに実際には、生保が用いる死亡者数の人数の方が多くなっています。これは、明らかに死亡確率を実際の死亡率よりも多めに見積もって、加入者から必要以上に保険料を請求しているということです。
岩瀬さんは、典型的なかけ捨て型の定期保険については、保険料の35~62%が保険金の支払ではなく生保の経費や利益に充当されていると指摘しています。これを妥当と見るか取り過ぎと見るかは人によって異なるでしょう。
でも、健康保険の高額療養費制度では、一般的な所得の世帯だと1ヶ月に10万円程度用意できれば医療費を払うことができるのですから、わざわざ生保の医療保険に加入しなくても、毎月の保険料に相当する金額を預貯金に回せば医療費の自己負担額を賄えそうです。
それでも不安だと感じた時に生命保険を検討しても遅くはないでしょうね。
とりあえず、生命保険に加入する前には生命保険の本を1冊くらいは読んでおきましょう。
- 作者:岩瀬 大輔
- 発売日: 2009/10/17
- メディア: 新書