株式に投資して、何もせずに配当金をもらって暮らしていけたらいいのになと思っている方がいらっしゃるでしょう。
できることなら、僕もそのような生活をしたいです。別に株式配当だけで暮らしていけなくても、毎年、安定して配当金を受け取ることができ、それで欲しい物を買ったり、美味しいものを食べたり、旅行に行けたりするだけでもいいです。
とりあえず、安定して配当を受け取れて、家計の足しにできれば申し分ないわけですが、残念ながら、それは財務論的にはちょっと難しいですね。
投資家はなぜ株式に投資をするのか?
財務論的に安定して配当を受け取ることがなぜ難しいのか、それについては、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授の森平爽一郎さんが、「物語で読み解くファイナンス入門」でわかりやすく解説してくれています。
そもそも、なぜ、投資家は株式に投資をするのでしょうか?
それは簡単に言うと、自分自身で会社を作って事業を行えないからです。自分が理想とする会社を作りたい、こんな事業を行う会社があれば社会が良くなるのに、そういった思いを持っていても、自分に経営者としての能力がなければ実現できません。
でも、他に経営の才能がある人がいて、しかも、自分の理想とする事業を行う能力があれば、その人に資金を提供して、自分の思い描いた会社を設立できます。現在、それを最も容易に行える仕組みが株式会社制度なんですね。
配当金を支払うと株価が下がる
株式の購入は、資金はあるけど経営の才能がない人が、有効に資金を運用して利益を得る手段です。
資金の提供を受けた会社は、それを工場や機械設備など事業に必要な資産に投資し、人を雇って事業を行います。その結果、売上が上がり利益が増えていくんですね。
今、2人の投資家がいて、それぞれ30万円ずつを出資し資本金60万円の株式会社を設立したとしましょう。発行する株式は投資家に対して1株ずつ、すなわち発行株式数は2株です。この時点で、会社の資産は投資家から出資されたキャッシュ(現金及び容易に換金可能な現金同等物)60万円だけで借金もないので、純資産は60万円です。
そして、株価は60万円を2株で割った30万円となります。
数年間、この会社が事業を行い純資産が100万円に増えていました。純資産は総資産から総負債を差し引いた残りのことです。ここでは、総資産も総負債も無視し純資産だけに注目します。
純資産が100万円なので、株価は100万円を2株で割った50万円になります。純資産100万円の内訳は元手である資本金60万円とこれまでの事業で得られた利益の総額である利益剰余金40万円です。
ここで、利益剰余金40万円をそれぞれの株主に均等に配当した場合、この会社の純資産は元手の資本金60万円だけになってしまいます。したがって、配当を支払った後の株価は純資産60万円を2株で割った30万円になるのです。
そう、配当金を支払うとその分だけ資産が社外流出するので株価が下がるんですね。
配当を支払わなければ会社は拡大する
配当は会社に残っている計算上の利益の蓄積額である利益剰余金を限度として支払うことができます。
利益剰余金をすべて配当として支払うと、純資産は設立当初の株主からの出資額60万円だけになってしまいます。60万円残っていれば、この会社は縮小することなく現状を維持できるでしょうが、しかし、事業が拡張することはありません。
ここで、もう一度、株主が資金を会社に出資する理由を思い出してください。株主は、自分に経営の才能がないから、持っている資金を有効利用して稼いでくれる経営者に投資をします。だから、彼らは、事業がうまく行き利益を獲得したのなら、それを事業のために再投資して会社を拡大し、さらなる利益の増大を図って欲しいと思っているはずです。
それなら、わざわざ利益を株主に配当としてキャッシュで戻す必要はありませんよね。
成長する会社は配当を支払わない
IBM、アップル、Amazonなどは、上場後もしばらくの間、株主に配当を支払いませんでした。しかし、それで文句を言う株主はいません。いや、中にはいたかもしれませんが、そういう人は投資家に向かないでしょう。
配当を受け取った投資家が、その金を銀行に預けたり他の企業に投資しても、その企業に投資したのと同じだけの成果は得られないでしょう。だから、成長企業は配当を払わないのです。配当として投資家に戻せるお金があるのなら、それを企業内の成長機会にまわして(投資をして)さらなる利益をあげ、現在ではなく将来により多くの配当を払えばいいのです。企業がさらなる成長をとげれば、当然その会社の株価も上がります。投資家は配当を得ることはできませんが、現時点で高い株価というかたちで報われます。だから、配当をいまもらわなくてもかまわないわけです。(40~41ページ)
例えば、家電メーカーの株式を買おうと検討している投資家の田中さんがいました。田中さんは、業界内で最も成長性があると予想してパナソニックの株式を買いました。
そして1年後。
予想通り多くの利益を計上したパナソニックの株価は上がりました。投資家の田中さんとしてはそれで満足だったのですが、パナソニックは利益を配当として各株主に分配しました。当然株価は下がりますが、下がったのと同額の配当を株主は得ることができるので、この時点で田中さんは得も損もしません。
しかし、田中さんは配当をキャッシュで受け取ったことで困りました。なぜなら、田中さんは配当として受け取った資金をもう一度投資し直さなければならないからです。再びパナソニックの株式を買おうと思っても、その時は、パナソニックの好業績の情報が世間に流れ株価が割高になっているかもしれません。それなら、別の家電メーカーの株式を検討することになりますが、もともとパナソニックが最も成長性があると予測していたので、それを上回る有望株は業界内にはありません。
きっと、田中さんはパナソニックの経営者に対して「配当金なんて欲しくなかったのに」と文句を言いたくなったことでしょう。
配当金を支払う会社に未来はない
このように考えると、株主に配当金を支払っている会社には将来性がないことがわかります。なぜなら、配当金を支払っている会社は、再投資をしても既存事業からさらなる利益を得られないと判断したから利益剰余金を株主に分配しているからです。
新規事業を見つけて、それに投資をすればいいのではないかという考え方もありますが、経営者にその能力がなければ新規投資は難しいです。また、他の事業に投資をするかどうかは投資家が判断するものであり、彼らが別会社に投資することでそれは可能です。したがって、企業が多角化経営するよりも本業一本でひたすら経営を行ってくれる方が、投資家にとっては好ましいことなのです。
「物語で読み解くファイナンス入門」は、財務論の初学者にとって非常にわかりやすく説明されています。数式も全くと言っていいほど出てきませんしね。
また、経済学者として有名なケインズが優秀な投資家であったということも紹介されています。一般的な投資家は割安な株式を買って割高になった時に売れば利益を得られると考えますが、ケインズの投資スタイルはそのようなものではありませんでした。
とは言え、ケインズも若いときは一般の投資家と同じような考え方で投資を行い、かなりの損をしたようなんですけどね。