資本主義の発達に伴って金融市場も発達を遂げてきました。
そして、金融市場の発達は個人の資産運用を容易にし、預金だけでなく、債券、株式、投資信託など、様々な金融商品への投資を可能としてきました。また、昔から現在まで不動産や金などの実物投資も行われており、個人でも資産運用の幅が広がっています。
しかし、資産運用にはリスクが付き物。だから、投資の勉強をしたことがある人は、誰でも一度は「分散投資」という言葉を聞いたり目にしたりしたことがあるはずです。分散投資は、資産運用の鉄則とも言われています。同じ会社の株式にだけ投資するのではなく別の会社の株式にも投資をする、株式だけでなく債券にも投資をする、円だけではなくドルにも投資をする、これが分散投資の例ですね。
こういった分散投資をする方は多いのですが、投資家の分散まで行っている個人投資家はほとんどいないのではないでしょうか?
晴れの日に儲かる会社と雨の日に儲かる会社に投資する
マンハッタンで20年近くを過ごし、金融資本主義の本場ウォール街でも働いた経験のある大井幸子さんは、米国の「ファミリー・オフィス」を著書の「お金の正しい守り方」で紹介しています。
ファミリー・オフィスとは、富裕層の資産を守る管理会社のことで、ファイナンシャル・アドバイザー(FA)、会計士、税理士の協力を得て、家族の資産保全を目的とした長期の運用を行っています。
ファミリー・オフィスでは、投資する資産が大きい分、様々な投資に分散され、コンシェルジュのようなプロのお金の門番であるゲートキーパーが、資産運用全体を取りまとめます。
さて、分散投資とは、将来の不確実性であるリスクを減らすために性格の異なる会社や業種に投資することを言います。
たとえば、X社はリゾート地で傘を、Y社はアイスクリームを売っている。リゾート地を訪れる旅行者は、晴れた日にはアイスクリームを買うだろうし、雨が降れば傘を買うだろう。両者にとっては天候が、売り上げを左右するリスク要因である。投資家にとっては、X社とY社に均等に投資することで、天候というリスクを相殺することになる。(108~109ページ)
もしも、アイスクリームを売っているY社の株式だけに投資をしていた場合、夏の稼ぎ時に雨が降る日が続くと売上が落ち込んで株価が下がり、それに伴って投資資産が大きく目減りします。でも、傘を売っているX社の株式にも投資をしておけば、雨季でもないのに思わぬ売上増となり株価が上がります。
Y社の株価下落とX社の株価上昇が相殺され投資資産の大幅な減少を回避できる、これが分散投資の利点です。
個人の分散投資には限界がある
分散投資は、投資の基本中の基本です。
しかし、個人投資家が分散投資をするには財産が少なすぎて分散による利点を得られないことがあります。ある程度の資産を持っているからこそできるのが分散投資なのです。
加えて、個人が資産運用をする場合、投資の意思決定を全て自分で行うことになります。
そんなことは当たり前だと誰もが思うでしょうが、実は分散投資の肝となるのはここなのです。誰もが、株式、債券、不動産、投資信託といった投資対象を分散させることは意識できます。しかし、投資をする人間を分散させることまで思いつく人はほとんどいません。
ここに個人投資家の限界があるのです。
資産運用を特定の人に一任しない
大井さんは、投資家のアドラーさんの言葉を紹介しています。
「資産運用の鉄則は分散投資だと誰もが言う。株や債券、不動産などさまざまな資産に分散させることは基本である。私はそれに加えて、『投資家を分散させる』という考え方がさらに重要だと考えている。たとえば、長男だけに資産を継がせるよりも、多くの子どもたちに継がせて、投資家を分散させるほうが資産保全の点でより効率的だ。そして、日ごろから、子どもたちが互いに争わないように『権力の分散と共有』のルールを徹底させなければならない。そのためにも、子どもたちには、とくに『人に感謝しなさい』と教え込み、厳しい躾をすることだ」(63~64ページ)
特定の投資家だけが資産を運用していると、その人の癖が出てくるでしょう。また、一時的な感情によりハイリスクの投資を行うかもしれません。でも、複数の投資家によって資産が運用されていると、様々な投資手法で資産が運用されるので、よりリスクの分散が進みます。
投資家を分散すると言っても、投資資産を分散するわけではありません。投資資産はある程度の規模がなければ分散の効果を得られないので、財産を分割して子どもたちに継がせてしまうと、投資規模が縮小し運用の効果も悪くなります。
一代限りの資産運用を考えない
ファミリー・オフィスでの資産運用は、自分一代限りで終わらせないといった点が重要です。
それは違う言い方をすると、資産運用は、子、孫、その後の世代まで見据えて長期的に行うものだということです。
個人が仕事で成功して富裕層と呼ばれるほどの資産を築くのは困難です。だから、預金なり、株式なり、債権なり、保険なり、何らかの投資によって資産を増やしていこうと考えるのは、ごく自然なことと言えます。
何度も述べますが、投資の鉄則は分散です。
投資対象の分散は誰でもします。でも、投資家の分散は一部の人しかしません。さらに時の分散まで考えている人となると、そうそう見つけ出すことはできないでしょう。
たとえば、年間平均利回り8%として、100年間複利で計算すれば、資産価値は約2200倍(1.08の100乗)にもなる。(50ページ)
100万円を100年間、平均8%で運用すれば22億円にもなります。しかし、今から100年後、自分は死んでいるだろうと考えると、ほとんどの人がそういう視点で投資をしないでしょう。
でも、こういった長期的視野で投資をしている人たちもいます。それが、グッゲンハイムやロックフェラー財団のような大型ファミリー・オフィスです。
結局、分散投資とは、突き詰めていくと自分一代限りではなく何世代にもわたって投資を継続する仕組みを作り出すということなのでしょう。だから、一生独身でいる人にはそれは無理であり、子どもや孫に投資のことを教えていない家庭でも資産運用によって大規模な資産を築くことは不可能なのです。
- 作者:大井 幸子
- 発売日: 2012/01/26
- メディア: 新書