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ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

ビットコインと牛乳瓶のフタは同じだ

最近、仮想通貨のビットコイン関連のニュースを見る機会が多くなっています。多くなっていると言っても、毎日のように報道されているわけではないのですが、ビットコインの価値が跳ね上がりだした2013年夏以降、話題になることが多くなりましたね。

ビットコインは、日本銀行のような中央銀行が管理をしていないのが特徴的で、利用者が、その価値を信頼している間は、円やドルなどの通貨と同じように商品を買ったり、サービスの決済で使用できます。でも、中央銀行が存在しない状況での貨幣の流通は、中央銀行が存在している場合よりも、信用が失われて流通しなくなる危険性が高いような気がするんですよね。

それは、まるで、昭和の小学生が牛乳瓶のフタを集めるのに飽きてしまうかのように。

ゴミが価値を持ち始める瞬間

だんご三兄弟で有名な佐藤雅彦さんと経済学者の竹中平蔵さんの対談内容を収録した「経済ってそういうことだったのか会議」は、経済の基本的な仕組みを知るのに適した本です。

その第1章が「お金の正体-貨幣と信用」で、この部分を読むと、なぜ貨幣が流通するのかがよくわかります。


今でも、小学校の給食に牛乳が出ていると思いますが、佐藤さんが小学生だった時には、パックではなく牛乳瓶に入った牛乳を給食の時間に配られていました。その牛乳を飲むためには、ビンのフタを取る必要があります。そして、ビンから離れたフタは、小学生の数だけゴミ箱に捨てられていきました。

ところが、ある時から佐藤さんは、牛乳瓶のフタを捨てずに集めて机の中に入れるようになります。そうすると、佐藤さんの周りで牛乳瓶のフタを集めることが流行りだし、フタの価値がどんどんと上がっていきました。だから、佐藤さんは、他のクラスに行って、フタをたくさん集めるようになったそうです。

今まで、ゴミとして捨てられていた牛乳瓶のフタが、佐藤さんが集めだしたことで、急に価値を持ち始めたんですね。

牛乳瓶のフタを交換し始める

佐藤さんは、牛乳瓶のフタを最初に集めだしたので、他の友達よりも多く持っていました。

だから、佐藤さんは、傷もののフタ10枚と新しいフタ1枚を交換してあげていたそうです。そういったことをしているうちに隣町の牛乳屋さんまで行って、そこの珍しいフタを持ってくるようなことまでし始め、それ1枚が給食で出る牛乳瓶のフタ20枚の価値を持つようになったりしたということです。

そして、1学年全部のクラスまで行ってやり取りするようになり、佐藤さんの机の中には立派なフタがワンサカうなっている状態になりました。

竹中 フタの大富豪になったわけですね(笑)。
佐藤 そうなんです。そうすると、フタだけの交換におさまらず、かっこいい消しゴムをフタ十枚と交換するとか、そうじ当番を二十枚で交代するなんてことがクラスに起こってきたり、僕自身、机の中の特に大切なフタを、帰るときにカバンに入れて持ち帰ったりしてました。
(13ページ)

最初は、フタ同士の交換だったのが、やがて、フタと消しゴミを交換したり、掃除当番を交代したりといったことにフタが使われていったのですから、ある時から、牛乳瓶のフタが価値尺度の役割をはたし始めたと言えます。

貨幣の価値は信用によって決まる

佐藤さんの小学校で、なぜ、牛乳瓶のフタが価値を持ち始めたのでしょうか?

それはいたって簡単なことです。多くの小学生が、牛乳瓶のフタに価値があると信用し始めたからです。これは、現在の貨幣経済と全く一緒なんですね。

竹中 いやー、本当にこれはすごく面白いですね。(中略)
いろいろ示唆に富む話ですが、特に面白いのはこの牛乳瓶のフタの話には貨幣経済における重要ないくつかの命題が含まれているということですよ。まず最初は、貨幣の価値はたとえそれが紙だろうとゴミだろうと、みんなの「信用」によって決まるということです。(15ページ)

日本人は円を信用していますし、アメリカ人はドルを信用しています。だから、どちらも紙切れのお札や鉄くずの硬貨を価値あるものだと思って大事にしているんですね。

そして、円もドルも、物の価値を測る尺度としての働きをしています。これは、佐藤さんの小学生時代の牛乳瓶のフタとまったく同じです。竹中さんは、貨幣には3つの役割があると述べており、そのひとつが価値尺度という役割なのです。

貨幣の2つ目の役割は、交換手段として使われるということです。貨幣がなかった時には、物々交換だったわけですが、貨幣が現れたことで、人参と肉、服と靴といったように現物同士の交換をしなくて済むようになりました。

3つ目は、貨幣を持つことによって富を蓄積できるようになるということです。人参も肉も長期間の保存ができないので、それらを貯め込んでいても、いずれ食べれなくなるので、貯蓄手段としては限界があります。しかし、貨幣は劣化することがないので、長期間の富の蓄積を可能にしてくれます。


これら3つの貨幣の役割すべてを小学生時代に佐藤さんが集めていた牛乳瓶のフタは持っていたんですね。

破綻は突然やってくる

しかし、牛乳瓶のフタが価値をいつまでも持ち続けることはありませんでした。

数だけでなく、珍しいフタも持っていた佐藤さんは、それ1枚と普通のフタ5枚を交換するようなあくどいブローカーのようなこともやっていたそうですが、そういった環境は、あるとき、一瞬にして崩壊します。

ところがですね、一カ月ぐらい経ったある日、クラスの誰かが、大量の真新しいフタを透明な大きなビニール袋に、それこそ何百枚も詰めて教室に持ってきたんです。どうも、牛乳屋さんの親戚がいたらしいんですね。(中略)
それを見た途端、僕たちの中で何かが失われたんですね。(中略)
その日を境にあれほど大切にしていたフタがときどき、教室のすみにボツボツと落ちていたりするようになるんです。そうなると、クラス中の「牛乳瓶のフタ熱」のようなものが急激に冷めてしまって、「もう、つまんないや」ってゴミ箱に捨て始めるんですよ。(中略)
もう、渋々捨てるしかないんですよ。あのフタの価値の失われ方・・・・・。もう本当にびっくりしました。(14~15ページ)

これって貨幣経済に当てはめると、どういうことになるのでしょうか?


ある時、誰かがたくさんの牛乳瓶のフタを学校に持ち込みました。その瞬間から、佐藤さんの小学校でのフタの流通量が急激に増えたわけですよね。すなわち、インフレが起こったのです。たくさんの牛乳瓶のフタ、それもいろんな種類のフタが学校中にばらまかれた瞬間、これまで集めていたフタの価値が一気に下がってしまったということです。

これを見ると、中央銀行が貨幣の流通量を管理することが、その信用を維持するためにいかに重要かということがわかるでしょう。

貨幣は信用を失った時点で、紙くずや鉄くずになってしまいます。そうならないためには、誰かが常に貨幣には価値があるんだということをその利用者に訴え続けなければなりません。


さて、ビットコインに話を戻します。

ビットコインの信用を維持している組織って、どこかにありますか?ありませんよね。

流通量の上限は2100万ビットコインと決められているそうですが、細分化が可能なので、いくらでも流通量を増やすことができます。でも、中央銀行が存在していないので、際限のない細分化によるインフレを阻止することはできないのではないでしょうか?

貨幣が信用を維持するためには、信用を維持するための活動を行う組織が必要ということですね。それが円の場合は、日本銀行ということになります。

でも、日本銀行が、円の価値を維持する活動を放棄してしまうと、その時点から円はただの紙切れと鉄くずに代わってしまうわけですが。

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