インターネットの発達により、誰でも手軽に株式投資ができるようになりました。
買うのも売るのも、パソコンさえあればすぐに実行できますから、1日に同じ銘柄を何度も売買して利ザヤを稼ぐデイトレーダーと呼ばれる投資家も現れましたね。企業の業績が、ほんの1時間や2時間で変わるなんてことは、そうそう起こらないのですが、株価は大きく上がったり下がったりすることがよくあります。
確かな情報が出回る前に株価が上下に動くのは、噂や投資家の感情の変化がその背景にあるからです。
思惑が異なるから売買が成立する
理論派の人たちは、取引市場で成立する価格は正当な対価であるからと考えます。果たしてそれは本当のことなのでしょうか?
そう疑問を投げかけるのは、多くの企業で、金融・デリバティブ(金融派生商品)のトレーディング・商品開発、事業リスクマネジメントなどを担当した経験のある土方薫さんです。土方さんは、著書の「文系人間のための金融工学の本」で、市場では、売り手と買い手が全く異なる思惑をもって取引を行っていると述べています。
買い手が市場価格で買おうと思うのは、その価格が正当な対価と思ったからではなく、将来価格が上昇すると思うから買うのです。つまり、いまの価格は割安であると考えているのです。同じように売り手は、市場価格が割高で、将来下落すると考えて取引を行っているのです。買い手と売り手とは、全く正反対な思いをもって交換を行っているのです。決して相思相愛の関係ではありません。
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ある株式を買おうと思っている人は、現在の株価よりも高くで売れるという思惑があります。それは、つまり、あるべき株価よりも現在の株価が過小評価されていると判断したから買おうとするわけです。一方の株式を売ろうと思っている人は、あるべき株価よりも現在の株価が高いと判断したから売ろうとしているわけです。
そして、思惑の異なる2人が出会った時、売買が成立するのです。2人とも心の中では自分は儲かって相手は損したと思い込んでいるのですから、相思相愛とは言えません。むしろ、取引相手のことを愚か者だと思っているから売買が成立するのです。
多数派につくのが投資の基本
株式でも為替でも、投資で儲けるためには多数派につくのが基本です。
自分がすばらしい分析をして企業のあるべき株価を算定し、現在の株価が割安だという結論を出したとしましょう。当然、割安なのですから、その企業の株式に投資をします。しかし、自分以外にその企業の株式を買う投資家がいなければ、あるべき価格まで株価は上がりません。
それどころか、他の大勢の投資家が、その企業の株価は割高だと判断すれば、株は売られて株価が下落していきます。これでは、どんなすばらしい分析ができたとしても株式投資で儲けることはできません。こういったことから、投資は美人投票に例えられることがあります。
この「美人投票」とは、どの人が美人かという投票をやり、一位になった人に投票した人に賞金が与えられるゲームを行うとすると、賞金を得るためには、自分が美人と思う女性に投票するのではなくて、他の多くの人が美人と思う女性に投票しなければならない、というものです。
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自分の好みで投票したとしても、その女性に誰も投票しなければ賞金をもらうことはできません。したがって、賞金を得ることを第一に考えるのであれば、自分の好みを優先するのではなく、他の大多数が好む女性に1票を投じた方が得策です。
投資もこれと同じです。自分が多数派につくためには、他の多数の投資家が買おうとしている株式に投資するのが基本です。そうすれば、次第に株価が上がっていき、株式を売った時に売却益を得ることができます。
大多数が同じポジションなら一瞬で大損するリスクもある
投資で儲けるためには、多数の投資家と同じような投資行動をとることが基本です。
しかし、誰もが考えるシナリオでは、同じポジションができやすくなります。そして、そこに大きな落とし穴が潜んでいることがあります。そのシナリオがいったん崩れると参加者がいっせいに損切りに走るため、市場が大暴落してしまうからです。
その典型例が、LTCM(Long Term Capital Management)の崩壊だと土方さんは述べています。
このファンドには、非常に優れた投資家が集まっていたのですが、1998年に資産運用の失敗によって破綻しています。
彼らは一九九九年のユーロ誕生にあわせて、ヨーロッパ各国の金利が統一されることに目をつけました。将来ひとつに金利が収束するのであれば、いまバラバラになっている各国の国債の中から、割安な国債を買い、割高な国債を売っておけば儲かるとシナリオメークしたのです。こうしてイタリア国債を買い持ちにし、ドイツ国債を売り持ちにしたコンバージェンス・トレーディングを行っていました。
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LTCMの読みは妥当なもので、多くの投資家がLTCMと同じポジションを抱えていました。
しかし、ロシアで債務の返済を一定期間猶予するモラトリアムが突然発生し、ヨーロッパで金利が一斉に反転し始めます。それにより、市場は一瞬で崩壊してしまいました。
美人投票で多数派に乗っかった結果、全員が損をしてしまったんですね。
さて、ある事実に対してシナリオを作る人がいます。そういった人をシナリオメーカーと言います。彼らが作り出すシナリオの方向は、彼らが保有するポジションに他なりません。
例えば、日本の景況感が悪化し始めたとしましょう。その場合、円安になれば儲かる投資家は、株価が低迷し、海外投資家の円資産売却が起こるから円安になるというシナリオを作ります。そのシナリオに多くの投資家が乗っかってくれれば、シナリオメーカーは得するわけです。
他方で、日本の景況感が悪化し始めたから、内需減退による輸出拡大が起こり、それにより貿易黒字となることから為替相場は今よりも円高になるというシナリオを作り出す投資家もいるでしょう。こちらのシナリオに乗っかる人が多ければ多いほど、やはり、円高のシナリオを描いた投資家が儲かります。
それなら、どんなに間違った予測であっても、多数派についておけばどうにかなると思ってしまいますが、おかしなことはいつまでも続くものではありません。
シナリオメーカーの意図に翻弄されないためには、まず市場が注目する材料を疑ってみることです。あるいは経済指標などの数値で、確認をしてみることです。それをして不自然だと感じたならば、その相場は相当無理をしていることになります。
トレーディングの教えにこんな言葉があります。「非常識は長くは続かない」-肝に銘じておきたい格言です。
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短期投資においては、噂に流されるのもありかもしれません。
しかし、長期投資においては、シナリオメーカーによってゆがめられた相場はやがて修正されるので、おかしな噂に流されるべきではありません。