ウェブ1丁目図書館

ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。なお、当ブログはアフィリエイト広告を利用しています。

走らない馬の縁からGⅠ勝利へ

2019年の日本ダービー

無敗で皐月賞を制したサートゥルナーリアが圧倒的支持を集めて1番人気になりました。レースは、逃げ馬が後続を大きく離す展開。最後の直線に入り、逃げ馬はばて、中段で脚を貯めていたサートゥルナーリアが外に進路を取り、上がり3ハロン最速でゴール。

しかし、結果は4着。勝ったのは、2番手を追走していた同じ厩舎のロジャーバローズでした。

牧場からトレーニングセンターへ

サートゥルナーリアとロジャーバローズの2頭を管理していたのは、調教師の角居勝彦さんでした。ロジャーバローズが日本ダービーを勝ったのは嬉しかったでしょうが、サートゥルナーリアが無敗の2冠馬になれなかったのは残念だったに違いありません。

角居さんは、高校を卒業した後、北海道の日高にあるグランド牧場に就職したと著書の『勝利の競馬、仕事の極意』で述べています。

グランド牧場は、重賞を勝ったサラブレッドを何頭も生産してきた実績ある牧場です。しかし、すべてのサラブレッドが結果を残せるわけではありません。レースで1勝もできずに引退する馬はたくさんしますし、競走馬としてデビューできない馬もいます。

サラブレッドは、競争能力を失った時点で、その生涯を終えます。人間の都合で交配され、誕生し、淘汰されるはかないサラブレッドを守りたいとの思いから、角居さんは競馬を仕事にしようと決意しました。

グランド牧場で3年間仕事をした角居さんは、JRA競馬学校に通い厩務員となって、栗東トレーニングセンター中尾謙太郎厩舎に配属されます。

角居さんは、ナリタエンジェルを2勝させたことがきっかけで、ナリタハヤブサという素質馬を任されることになりました。調教助手の資格も取った角居さんは、その給料だけで500万円から600万円の収入があり、さらに担当馬がレースで稼いだ賞金の5%をもらうことができたので、20代で年収1千万円近くを稼いでいました。

しかし、有頂天になっていた角居さんは、やがてナリタの馬の担当から外され、ウインドサーフィンやスキーといった趣味に没頭するようになります。

松田国英厩舎へ

その頃、JRAでは、美浦トレーニングセンター関東馬が強く、栗東トレーニングセンター関西馬はなかなか関東馬に勝つことができませんでした。

東高西低の状況を打破したいと思っていた角居さんは、気持ちを一新し、中尾謙太郎厩舎から松田国英厩舎に移ります。この松田厩舎での仕事が、角居さんの人生に大きな影響を与えました。

それまでの厩務員は、個人事業主のようなものでしたが、松田厩舎ではチームプレイで競走馬の調整を行い、調教師の下の2人の調教助手が企業の中間管理職のように厩務員に指示を出す体制がとられていました。松田調教師は、熱心に厩務員に馬の乗り方を教える角居さんを見て、調教師になるようにすすめ、様々なアドバイスをします。

そして、角居さんも試験に合格して2000年に調教師となり、栗東森秀行厩舎と美浦藤澤和雄厩舎で勉強した後、厩舎を開業しました。

ディクシージャズが縁でGⅠを勝つ馬を預かる

厩舎を開業した角居さんは、値段の高い間も安い馬も、仕事の内容が変わらないように取り組んできました。

開業2年目にノーザンファームから預かったディクシージャズは、骨の軸がずれている故障しやすい体型をしていました。このような馬で結果を残すのは難しいのですが、角居さんは厩舎を挙げて力を尽くし、4戦して2着に入るところまでディクシージャズを育てます。

その後、ディクシージャズは引退し、ノーザンファーム繁殖牝馬となりました。

ディクシージャズの仕事が認められ、角居さんは、2歳下の弟のデルタブルースノーザンファームから任されます。デルタブルースは、3歳秋の菊花賞を勝ち、角居さんはノーザンファームから信頼されるようになり、シーザリオという牝馬も預かることになりました。

シーザリオは、デビューから連勝し、桜花賞に駒を進めて2着になります。しかし、シーザリオが負けたのはこの時だけで、続くオークスを勝利した後、夏に渡米しアメリカンオークスも勝ちました。日米のオークスを勝った馬は、シーザリオただ1頭だけです。

デルタブルースもオーストラリアのメルボルンカップを勝ち、そのレースでの2着も角居厩舎のポップロックでした。

さらに2007年には、ウオッカが史上3頭目となる牝馬での日本ダービー制覇を成し遂げ、翌年のオークスではトールポピーも1着となります。

ディクシージャズの縁から、デルタブルースシーザリオトールポピーという3頭の素質馬をノーザンファームから預けられ、その期待に応えてGⅠを勝った角居さんは、その後も、多くの牧場や馬主から競走馬を預託されるようになりました。

シーザリオの子のエピファネイア菊花賞ジャパンカップを勝ち、引退後は種牡馬となって無敗三冠牝馬のデアリングタクトを輩出しています。

2019年の日本ダービーで4着に敗れたサートゥルナーリアもまたシーザリオの子です。シーザリオエピファネイア、サートゥルナーリアは、ノーザンファームの生産場であり、オーナーもキャロットクラブで同じです。

競走馬としては良い成績を残せなかったディクシージャズ。もしも、角居厩舎が、走らない馬と見限って、手を抜いた仕事をしていたら、デルタブルースなどのGⅠ勝利はなかったかもしれません。


角居さんは、引退した競走馬を支援する活動も行い、はかないサラブレッドを守りたいという当初の思いを持ち続けています。

2021年2月に調教師を引退する角居さん。これまでの実績は、小さな縁を大切にし、チームプレイで、サラブレッドに寄り添う仕事をしてきたからこそ成し遂げられたものなのでしょう。