ウェブ1丁目図書館

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多くの人が関わる競走馬を走らせる調教師の稼業

競馬の世界では、毎年2月末は別れの季節です。

2018年2月末も、何人かの競馬関係者が引退しました。その中には、騎手時代にサクラショウリサクラチヨノオーでダービーを2度勝った小島太調教師もいました。

小島太厩舎と言えば、イーグルカフェマンハッタンカフェといったG1レースを勝利した管理馬がいました。他にも、ディサイファサクラナミキオーなど、オープンで活躍する馬を多数育てたことでも知られています。

馬主に対して重視すること

JRAの調教師は、トレーニングセンターに20の馬房を持ち、60頭を管理することができます。成績により、これらの数字は増えたり減ったりしますが、基本的に20馬房の中で、60頭の管理馬をローテーションさせながらレースに出走させ、賞金を稼いでいくのが調教師の稼業です。

調教師が管理する馬は、馬主が購入し、維持管理に必要な費用も馬主が負担します。したがって、競走馬の勝ち負けというリスクは馬主が負うことになります。

これを知ると、調教師はレースの勝敗に関わらず、競走馬の維持管理費用を馬主からもらえるので、とても安定した商売のように思えます。しかし、所有馬を預ける馬主は、レースで自分の馬を勝利に導くことができない調教師には馬を預けませんから、結果を残せない調教師は管理馬の数が減り、それに応じて収入も減少します。

反対にレースに出走した管理馬が獲得した賞金の10%が進上金として調教師に入ってくるので、活躍する管理馬が多ければ多いほど、多くの収入を得ることができます。

このように調教師は、馬主から多くの馬を預けてもらうことが重要になりますし、素質のある馬を預けてもらわないと大レースで結果を残すことができませんから、馬主との人間関係は非常に大切です。

小島さんは、著書「馬を走らせる」の中で、獲得賞金、勝利数、出走回数の3つすべてを重視すると述べています。

例えば、獲得賞金、勝利数、出走回数の三つのうち、どれを重視すべきか。調教師によっては獲得賞金を一番に挙げる人もいるだろうし、勝利数が大事と言う人もいる。人それぞれの考え方なので、もちろんどちらも間違いではないだろう。
それに対して、私は三つすべてを重視するようにしている。
獲得賞金をできるだけ増やせば、馬主さんに損をさせることはないし、勝利数と出走回数が多くなれば、馬主さんに喜んでもらえる。つまり、すべてを重視すれば、それだけ馬主さんのためになる。その結果、私自身や厩舎スタッフをはじめとした関係者のためにもなるというわけだ。
(44~45ページ)

馬主が競走馬を買う理由は、いろいろあるでしょうが、損をしたくて馬主になる人は滅多にいないでしょう。やはり、競走馬に投資したからには、利益を得たいと考えているはずです。

そうすると、勝てなくても賞金をしっかり稼いでくれれば馬主は損をしませんが、全ての馬が利益を生み出せるわけではありません。期待していたけども、案外だったという馬を管理した場合、馬主を楽しませることも考えなければならなくなりますから、出走回数を増やして愛馬がレースで走る姿を馬主に見せることも必要になってきます。

どのような形であれ、馬主を満足させることが調教師には求められるはずです。そうしなければ、競走馬を預けてもらえませんからね。

厩舎経営は会社経営と同じ

会社が売上を増やし利益を獲得しなければならないのと同じように厩舎も競走馬をレースに出走させ結果を出して賞金を稼がなければなりません。

調教師の世界は、扱っているのが競走馬というだけで、実は一般事業会社とそれほど差がないのです。

ただ、調教師は自分の下で働く厩務員を自由に採用することはできませんから、人事面では一般事業会社と大きな違いがあります。

小島さんは、厩舎経営に関しては、無駄なお金は使わないという方針を持っていました。「とにかく一円でも安く」を心掛けていましたが、「安ければ質が低くてもいい」ということではなく、飼葉や寝藁は質が高く値段に見合っているかを見極め、必要とあれば業者と交渉することもありました。

一方で仕事の効率性も重視しており、馬房に敷く寝藁は毎日捨て、スタッフの手間を省いていました。

普段から経費の節約を心がけていた小島さんですが、節約で貯まったお金はどうしていたのでしょうか?

小島さんは、馬を優先する考え方を持っていたので、馬房を快適にするため、照明、換気扇、エアコン、浄水器などを設置することに資金を投資しました。また、スタッフとのコミュニケーションも大切にし、馬が勝った時の祝勝会で、頑張ったスタッフにご祝儀を出すこともあったそうです。


近年、厩舎経営で重要視されるようになっているのが育成牧場です。

昔は、管理馬は、トレーニングセンターで一から調教し、コンディションを整えてレースに出走させていました。しかし、現在では、レースに出走した直後に育成牧場に放牧に出し、予定しているレースの10日前にトレーニングセンターに戻すという方法を採用している厩舎が多くなっています。

一般事業会社で言うところの「外注」に似ています。

外注だと言って、管理馬のことを全て育成牧場にまかせっきりにするのではありません。小島さんは、1週間単位で管理馬の調教について育成牧場に指示を出し、週に一度、育成牧場のスタッフから実際に行われた調教内容や現在の状態、馬体重の報告を受けるようにしていました。

しかし、育成牧場は、厩舎の外の組織である以上、そこのスタッフに厩舎スタッフと同じように厳しく接することはできません。そのため、小島さんは、育成牧場のスタッフが不満を持ちながら仕事をしないように人間関係に配慮していたようです。

ダービーの可能性を残す

競走馬は、早ければ2歳の夏にデビューします。

若い馬の目標となるのは、3歳春に行われるダービーです。ダービーに出走するのは牡馬(雄の馬)がほとんどです。牝馬(雌の馬)だと3歳春の桜花賞オークスが目標となります。

ダービーに出走するためには、それまでに多くの賞金を獲得していなければなりません。したがって、管理馬をダービーに出走させようと思ったら、2歳の早い時期にデビューさせて、より多くの賞金を稼いでおくことが重要となってきます。

しかし、全ての管理馬が早期にデビューできるわけではありません。

そもそもダービーに出走できるのは18頭だけですから、大多数の競走馬がダービーに出ることができないのです。小島さんは、ダービー出走の可能性は残すけども、その馬に合ったレース選択をしていたそうです。

先述した通り、牡馬の三歳春までの最大目標はダービーだが、その適性がない馬を是が非でもダービーを狙わせようとして、余計なダメージを与えるわけにはいかない。それぞれの馬にとってベストの選択をしてあげること。それが結果的に馬のためにもなり、成績が上がっていくことで厩舎のためにもなる。
もちろん馬主さんの意向も聞き、状況を説明したうえで納得してもらうようにしている。
(160~161ページ)

また、管理馬のローテーションに関しては、予定している1つのパターンの他に最低3パターンを用意するようにしていたそうです。

予定通りにレースに使えるのが理想ですが、競走馬は生き物なので、そう都合良くいきません。そのため、複数のローテーションを用意し、リスクヘッジすることも調教師には必要になってきます。


ダービーのような大レースで勝利すること。

それはホースマンにとっての大目標です。

しかし、ほとんどの競走馬が1勝もできずに引退するのが現実です。

競走馬生活は、1頭1頭違います。

それぞれの馬に合わせたレース選択。その馬に関わる多くの人の思いに応える。

調教師が「馬を走らせる」ことは、そういうことなのでしょう。

馬を走らせる (光文社新書)

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