ゴリラやオランウータンなど、霊長類には多くの種類があります。その中でも、現生人類のホモ・サピエンスは、最も優れた進化を遂げた霊長類と考えられています。
言語を操るだけでも他の霊長類より優れています。しかも、言葉を文字にして他人に伝達することまでできるのですから、ホモ・サピエンスのコミュニケーション能力は、霊長類に限らず、生物全体を見ても突出しているように思えます。さらに電話やインターネットまで使いこなせるのですから、ホモ・サピエンスは霊長類の中で最高の進化を遂げたと言っても過言ではないでしょう。
歌を歌ったり、ボディ・ランゲージをできる霊長類
とは言え、人間にだけ備わっていると思われている能力の中には、他の霊長類にも備わっているものがあります。
理学博士の島泰三さんの著書「ヒト-異端のサルの1億年」では、島さんが実際に見た霊長類の行動が紹介されています。
例えば、歌を歌うのは、霊長類の中ではヒトだけのように思われていますが、実はオランウータンも歌を歌うのです。オランウータンの歌は、ロング・コールと呼ばれており、オランウータンは最長4分以上も歌うのだそうです。歌を歌うためには、言葉とメロディーが必要ですが、オランウータンも、独自の言葉をメロディーに乗せて歌うことができるようです。
また、ゴリラには本物の言葉があるそうですが、なぜか研究者たちはこのことを語らないと島さんは述べています。ある時、島さんたちはガイドとともに野生のゴリラを見に行った時、ガイドがゴリラに近づこうとしたら、ゴリラは後ろ向きに手を振って立ち去りました。その姿は、ヒトが「あっち行け」と言う時に手を振る仕草とそっくりだったそうです。ゴリラも、ヒトと同じようなボディ・ランゲージをするのです。
派閥を作って争うチンパンジー
人類は、1000万年前から400万年前にチンパンジーと分岐したと考えられています。
そのためか、チンパンジーはホモ・サピエンスと似た行動をします。特に興味深いのが、チンパンジーの世界にも政治や戦争があることです。
政治や戦争をするチンパンジーは雄たちで、この点も政治や戦争の中心が男性である人間社会と似ています。
オランダのアーネム動物園のチンパンジーの中に3頭の雄がいました。この3頭はチンパンジー界の英雄であり、雌の争奪戦を繰り広げていました。1対1の闘いだとすぐに決着はつきますが、三つ巴となるとそう簡単に決着がつかないそうです。
チンパンジーの英雄たちは、時に同盟を結び、時に反目し、陰謀をたくらみ、そそのかすこともあるのだとか。まさにチンパンジー界の戦国時代です。そして、ある時、3頭の英雄のうち1頭が、他の2頭に攻撃されて殺されました。
戦争をするのは人類だけだと思われがちですが、チンパンジーの世界でも戦争は起こるのです。人類の祖先がチンパンジーであったことから、人類もチンパンジーも本能的に戦争をする霊長類なのかもしれません。
ネアンデルタール人の絶滅
人類がチンパンジーと分岐してから、数多くの人類が誕生しては滅んでいきました。現在では、ホモ・サピエンスただ1種だけが生き残っています。
ホモ・サピエンスの脳の容量は他の人類よりも大きいです。そのため、知能が発達したホモ・サピエンスだからこそ、知恵を絞って様々な窮地から脱し、70億人を超える規模まで社会が発展したと思われがちです。
ところが、ホモ・サピエンスよりも脳が大きい人類が過去に存在していました。それは、ネアンデルタール人です。
彼らの生活は、ハンターそのものだったことが化石人骨からうかがえます。彼らの骨折部位は、ロデオ・ライダーの骨折部位とまったく同じ。それはつまり、ノウマ、アカシカ、トナカイなどの中・小型の群居性の獣を接近戦で仕留めていたことを示しているそうです。
ホモ・サピエンスよりも脳が大きかったネアンデルタール人は、やがて滅びます。その理由は地球の寒冷化と考えられています。
ネアンデルタール人は、全身が毛皮で覆われていました。そのため寒さには強いはずです。しかし、地球の寒冷化は彼らの毛皮ではどうにもならないほど厳しいものでした。彼らが生息していたヨーロッパ南部は最終氷河期の最終局面では、生活できる環境ではありませんでした。
彼らは、毛皮をまとっていたため、防寒の工夫をする必要はありませんでした。しかし、氷河期の寒さは、毛皮ではしのぐことができず、暖を取る発想を持たなかったネアンデルタール人を絶滅させたのです。
では、毛皮を持たないホモ・サピエンスは、なぜ生き残ったのでしょうか。
それは、ホモ・サピエンスの知能が高かったことではなく、単に運が良かっただけでしょう。
ホモ・サピエンスの脳の発達
毛皮を持たないホモ・サピエンスは、防御力が他の人類よりも劣っているので生存にとって有利とは言えなかったはずです。また、力も弱く、握力が200kgを超える原人たちとまともに闘うこともできなかったと思われます。
毛皮を持たないホモ・サピエンスは、水辺を居住地として選びます。主食は魚介類。これが、脳の発達に良い影響を与えました。魚介類には、必須脂肪酸、鉄、ヨード(ヨウ素)などの必須ミネラルが含まれており、これらは脳の発達に欠かすことができない栄養素です。
水辺での生活で脳が発達したホモ・サピエンスでしたが、我々の脳にはどうも欠陥があるようです。
ホモ・サピエンスは、過剰に採集を行って大型魚類や獣たちを絶滅に追い込む傾向があります。食べられる物は無くなるまで食べつくすホモ・サピエンスによって滅びた生物は、どれだけいるでしょうか。
この欠陥をさらに大きくしたのは、農耕です。
農耕の開始により、ホモ・サピエンスは、栽培植物と飼育植物だけが食物リストに残り、その他の生物はホモ・サピエンスにとって有用か無用かで選別されるようになり、さらに生物が駆逐されるようになりました。
農耕は、ホモ・サピエンスの魂も細らせる結果を招きました。穀物に含まれるフィチン酸は、カルシウム、亜鉛、鉄などの必須ミネラルと結びついて排泄されるため、必須ミネラルの吸収が阻害されて心筋梗塞を引き起こす要因となります。必須ミネラルの吸収阻害に加えて、魚介類や海藻類を食べる機会が減り、必須脂肪酸も食物から摂取することも難しくなりました。
ホモ・サピエンスの脳の発達に寄与したこれら栄養素の摂取不足は、脳に悪い影響を与えているかもしれません。農耕の歴史が長いヨーロッパ人男性の脳容量は1,400ccなのに対して、農耕の歴史が浅い日本人男性の脳容量は1,500ccとホモ・サピエンス最大時の大きさを保っています。
ホモ・サピエンスが魂を細らせたのは、イヌとの共家畜化の結果というより、農耕・牧畜による心に映る環境世界の単純化と穀物食による脳障害のためだったかもしれない。(237ページ)
農耕の開始は、ホモ・サピエンスの社会を階級社会に変え、支配と被支配の差別を生み出しました。富の蓄積とその分配の不公平は、富を防衛するための戦争ももたらします。
チンパンジーから分岐した人類が戦争をするのは本能なのでしょう。
その本能を目覚めさせたのが、農耕の開始による栄養不足、階級社会の形成だったのかもしれません。
現代のホモ・サピエンスは、核を持ったチンパンジーでしかないのです
- 作者:島 泰三
- 発売日: 2016/08/18
- メディア: 新書