ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

人類進化は適者生存か?幸運者生存や社会選択の影響を忘れてはならない。

強い者や賢い者が生き残るのではなく、環境に適応できた者が生き残るのだ。

このような言葉を聞いたことがある人は多いのではないでしょうか?特にビジネスの世界で聞くことが多い言葉ですね。社会のニーズに応える商品やサービスを提供することが、その企業を存続させるために重要なことです。

では、生物進化においては、環境に適応できた者が生き残るのでしょうか?「ダーウィンは、環境に適応できた者が生き残ると言っていたぞ」と思うでしょうが、果たしてそうなのでしょうか?

人為選択と自然選択

ダーウィンが提唱した適者生存の考え方を自然選択と言います。

自然選択とは、人為選択と対になる言葉です。人類集団遺伝学・ゲノム人類学を専門とする太田博樹さんの著書「遺伝人類学入門」では、イギリスの牧羊を例にして、人為選択と自然選択をわかりやすく解説しています。

畜産業で育てられる羊は、品質の良い羊毛、味の良い食肉を得るために何世代かでかけ合わせ、新たに作り出された品種です。イギリスでは、人間にとって役に立つ特徴を持つ羊を人為的に選び新たな種を作ることが当たり前として行われてきました。これが人為選択です。

ダーウィンは、自然界でも牧羊と同じようなことが行われていることに気づきました。住んでいる島によってフィンチのくちばしの形状が異なるのは、自然環境が選択した結果であると。そして、人による選択ではなく自然による選択であることから、自然選択という考え方がダーウィンによって体系化されました。

ダーウィンの自然選択の考え方によれば、生物が自分の意思で環境に適応したのではないということになりますね。

自然選択理論と中立理論

生物が自らの意思ではなくとも、自然に適応した個体が子孫を残すのだから、環境に適応できた者が生き残るという考え方は正しいと言えるでしょう。

しかし、生物進化は、自然選択理論で説明できるものより、中立理論で説明できるものが大半です。自然選択理論が適者生存と呼ばれるのに対して、中立理論は幸運者生存と言われています。

キリンの首が長いことを自然選択理論で説明すると、こうなります。

もともとキリンの首は短かったけども、突然変異によって首の長いキリンが誕生しました。キリンが食べる木の実は、木の上の方に成るものが多かったことから、首の長いキリンの方が首の短いキリンよりも木の実を食べるのが有利でした。そのため、首の短いキリンよりも首の長いキリンは生存に有利だったことから、やがてキリンの世界では首の短いキリンが減っていき、首の長いキリンが増えていきました。そして、いつの日か首の長いキリンだけになりました。

ところが、生物進化を分子レベルで調べみると、必ずしも環境に有利な突然変異が起こったとは認められないケースがいくつも見つかります。

生存にとって何の意味もない突然変異、それどころか従来よりも短所が目立つような突然変異でさえも種全体に広がる場合があるのです。自然環境に適応した者だけが生き残るのではありません。むしろ、偶然の要素によって生き残っている遺伝子の方が多いのです。

人類では社会選択も働いている

我々人間も含めて生物は、環境に適応できた結果生き残った面もありますが、偶然によって今日まで生き続けていることも忘れてはいけません。

さらに人類は、自然選択理論や中立理論だけでなく、社会選択も遺伝子に影響を与えている可能性があります。

人間の社会では、男性の元に女性が嫁ぐ、いわゆる嫁入りが多く選択されています。そのため、母系遺伝しかしないミトコンドリアDNAは、地理的距離が大きくなっても、集団間の遺伝距離はさほど変わりません。

ところが、男性が持つY染色体は、嫁入婚の社会では地理的距離が大きくなるほど集団間の遺伝距離も大きくなります。、その土地に男性が定着し、土地ごとにY染色体に偏りが生じやすくなることが、その理由です。このような現象を社会選択と言います。

私たちは概して、ヒトの能力や性質は遺伝子によって決定づけられていると考えがちですが、じつは文化的要因が遺伝子頻度を決定づけている場合が往々にしてあるのです。現在の社会通念からすれば父系社会、一夫多妻というシステムは推奨されるものではありませんが、過去に文化として存在したこれらのシステムが遺伝子頻度を規定していました。(283ページ)

環境に適応できた者が生き残る。

この考え方は、生物進化の一面を見ているにしかすぎません。偶然生き残る遺伝子もありますし、人間社会であれば婚姻システムなど文化的な影響も受けることがあります。

何より、自らの意思で外的要因に適応した結果、現在まで生き続けてきたのだと考えることは、自分の力を過信していることになるでしょう。

ビジネスの世界では、あの瞬間のひらめき、あの時の決断が破綻寸前の会社をV字回復させ、大きく発展させたとドラマチックに語られることがあります。それを環境に適応できた結果だと多くの人は考えるでしょう。

しかし、そのようなドラマも、実は偶然なのかもしれません。

遺伝人類学入門 (ちくま新書)

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