ウェブ1丁目図書館

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生命科学から見た幸福な社会とは何か

人類の歴史を振り返れば、社会は、過去から未来に向かって発展していることがわかります。戦争によって一時的に社会が破壊されることはあっても、その後、建て直されて以前よりも発展した社会となっていきます。

それゆえか、進化は今よりも進歩することと考えられがちです。

しかし、進化は単なる変化でしかなく、その変化は現在より前進することもあれば後退することもあります。

時間を巻き戻したら異なった進化をしていた可能性がある

2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑さんの著書「ゲノムが語る生命像」には、進化について興味深い記述があります。

進化は、長らく進歩と捉えられてきました。これは、進化を前進進歩という価値観と結びつけて捉えるネオダーウィニズムの影響があったと思われます。しかし、先ほども述べた通り、進化は変化でしかありません。時には前進する進化もあれば、後退する進化もあります。

本庶さんは、「遺伝子の変異に善悪の価値観はない」と述べます。遺伝子の変異は偶然的です。その偶然性が、ある環境の中では、多くの子孫を残す方向に働くこともあれば、逆に地球上から消滅することもあります。

「環境に適応できた者だけが生き残る」とはよく言ったものですが、自らの意思で環境に適応した結果、生き残ったのではないことに注意しなければなりません。生物進化は偶然の要素に大きく左右され、遺伝子変異が起こった時、たまたま生存に有利な環境だったと捉えるべきです。

したがって、時間を巻き戻し、もう一度進化をやり直したら、人類は今とは異なる進化を遂げていた可能性があり、運が悪ければ絶滅していたかもしれないのです。

生命はなぜ尊いのか

生命は尊いものだ。

これは、多くの人が持つ価値観です。では、なぜ生命が尊いのかと問われても、容易に答えられないものです。

生命が尊いという考えの背景には、「生きることが生命体にとっては善であるという価値観」が暗黙のうちに認められていると本庶さんは述べます。確かにその通りかもしれません。短命よりも長命の方が喜ばしいと考える人は多いですし、誕生日を祝うのも生きていることがすばらしいことなのだと思えるからなのでしょう。

しかし、生命が尊いと言っても、生命に軽重をつけてしまうのもまた人情です。人の死は悲しいことですが、大腸菌のような単細胞生物の死に心を痛める人は少ないでしょう。大腸菌にとっては迷惑千万ではありますが、生命の価値観は相対的で、生きることを善と考えていても、ある場面では死もまた許容されると考えることがあります。

植物状態の人の安楽死や妊娠中絶は、その代表です。


人は法的には平等ですが、遺伝子は平等ではありません。誰もが他の人とは異なる遺伝子を持っています。この多様性こそが尊重されるべきだと本庶さんは考えています。もしも、特定の価値観が重視されるなら、特定の能力を持つクローン人間を造ることが善であると言えます。それが果たして良いことなのでしょうか?

人間社会において個性と多様性を尊重することが、種の存続にとってもきわめて重要であることが十分理解されるならば、社会的な見解の統一や画一的な教育がいかに有害であるかも明白であろう。(213ページ)

生命は多様性があるから尊いのです。

真の幸福は不安がないこと

生物には、本能的快感が備わっています。本能的快感には生殖欲、食欲、競争欲が密接に関わっています。子孫を残すこと、食べること、外敵から身を護る事、これらは自分の命を守ることでもあり、遺伝子の保存とも関係しています。

これら本能的快感がなければ、自分の体も遺伝子も守ることをしなくなるので生命は危機にさらされるでしょう。しかし、本能的快感は生命にとって重要ではあるものの低次元の欲求とも言えます。また、これら欲求は、同じ刺激を与えることで麻痺するので、より強い欲求を求めるようになります。そして、本能的欲求は追求すればするほど、飽和していきます。

本能的欲求とは別に不安感がないという快感もまた幸福をもたらします。

生きていれば、不安が尽きることはありません。

日本に住んでいる限り、地震がいつ起こるかわかりませんから、日本人は常に不安に感じているはず。

なのですが、多くの日本人は、いつ地震が起こるかおびえながら生活してはいません。

それは、不安感の不在という幸福感が麻痺をしない性質を持っているからです。


ギャンブルやマネーゲームは、ハラハラします。しかし、そのハラハラした感覚は、投資額を増やしていかなければ持続しません。しかし、どこまでも投資額を増やすことはできませんし、巨額投資に失敗した時のダメージは大きなものとなります。このような欲望充足型の幸福を追求することには限界があります。

そうすると、欲望充足型の幸福感を高めることは、あまり得策とは言えません。

本庶さんは、「不安除去型の幸福感」により重点を移すことが、生物学的には合理的だろうと述べています。


進化は単なる変化でしかありません。それは、前進することもあれば後退することもあります。そして、進歩は偶然の要素も含まれており、努力のみで進歩できるわけではありません。

もしも、努力して結果が出なかったらどうしようと不安になることもあるでしょう。

その不安を少しでも減らせる社会が、生物にとって幸福が増す社会なのではないでしょうか。

ゲノムが語る生命像 (ブルーバックス)

ゲノムが語る生命像 (ブルーバックス)

  • 作者:本庶 佑
  • 発売日: 2013/01/18
  • メディア: 新書