我々人間の体を構成する重要な物質にタンパク質があります。タンパク質は20種類のアミノ酸が意味のある形でつながったもので、筋肉、皮膚、毛、爪、各種臓器はタンパク質からできています。
人間が1日に食事で摂取すべきタンパク質量は、体重1kgにつき1gとされています。70kgの人だと70gが1日に摂取すべきタンパク質量と計算できますね。一方、人間の体を構成するタンパク質は、1日に200gが分解されます。分解された200gのタンパク質を再合成するためには、200gのタンパク質が必要になりますが、食事から摂取するタンパク質はその約3分の1の70gでしかありません。
では、足りない130gのタンパク質は一体どこから調達しているのでしょうか?
タコが足を食べるのと同じ発想
タコは自分の足を食べると言われています。
自分の足を食べて飢えをしのげるのなら、捕食の必要はなさそうですが、それで生きていけるのかは知りません。
生物の体を構成する細胞も、タコと同じように自らのタンパク質を食べています。これをオートファジーと言います。実は、分解された200gのタンパク質のうち70gだけを食事から摂取するだけで事足りるのは、残り130gをオートファジーによって調達しているからです。
オートファジーについては、2016年に大隈良典さんがノーベル医学・生理学賞を受賞しています。その大隈さんの下で、オートファジーの研究に携わっている水島昇さんの著書「細胞が自分を食べるオートファジーの謎」では、オートファジーの仕組みがわかりやすく解説されています。
細胞が食べた自らのタンパク質は、リソソームと呼ばれる細胞小器官でアミノ酸に分解されます。そして、オートファジーで調達したアミノ酸は、以下の3つの目的で利用されます。
タンパク質の材料
生物は食べなければ生きていけません。しかし、自然界では安定的に食料を調達できる保証はないので、飢餓状態に陥ることがあります。飢餓状態に陥った時こそ、生物は重要なタンパク質を多く合成する必要があると考えられています。そのためにオートファジーは大切な機能と言えます。
また、外界に出たばかりの新生児は、母胎からの栄養供給が遮断されるので自力でタンパク質を調達する必要がありますが、この時もオートファジーが重要となります。
エネルギー源
人間は、体に貯蔵したグリコーゲンや脂肪をエネルギー利用しています。
通常は、グリコーゲンと脂肪で必要なエネルギーを賄えますが、これらが不足するとタンパク質を分解してできたアミノ酸もエネルギー源となります。
オートファジーの役割
このようなアミノ酸の利用目的から、オートファジーが担っている役割が見えてきます。
オートファジーの役割には、飢餓に耐えること、細胞内の入れ替え、細胞内の浄化作用があるとされています。
飢餓に耐えること
飢餓に耐えることは、オートファジーの基本的な役割です。
多少の飢餓でも、飢え死にしないようにするにはオートファジーに頼らなければなりません。細胞が外部から十分な栄養を補給できない場合、オートファジーが起こり、自分自身を過剰に分解し栄養素を獲得します。
もしも、自前で栄養素を獲得するオートファジーがなかった場合、人間は1日の多くの時間を食事に費やさなければならないかもしれませんね。
細胞内の入れ替え
時として、生物は自らの体を作り変えなければならないことがあります。
例えば、昆虫は、幼虫、さなぎ、成虫と体を変化させていきますが、さなぎの時に幼虫から成虫に劇的に体の構造を変化させます。このような大規模な体の作り変えにも、オートファジーが関わっています。
細胞内の浄化作用
オートファジーは、細胞内を浄化する作用も持っています。
細胞の寿命は、それぞれ異なっており、数日で死ぬもの、数十日で死ぬもの、数百日で死ぬものなど多様です。数日の寿命の細胞は、ゴミが溜まる前に死ぬので細胞内が汚れにくいですが、寿命の長い細胞は何もしなければ中にゴミが増えていきます。そのため、オートファジーによってゴミを取り除く必要があります。
神経細胞は長いもので100年以上の寿命を持つと言われており、人間は基本的にほとんど同じ神経細胞を一生使い続けなければなりません。オートファジーがなければ、歳月とともに神経細胞にゴミが溜まっていき、人間の寿命まで神経細胞を使い続けることが難しくなるでしょう。
壊すことの重要性
生物に備わるオートファジーの機能を見ていると、壊すことはとても重要だとわかります。
道路や橋などの構造物を数十年もそのままにしていると経年劣化して壊れてしまいます。道路や橋が大きければ大きいほど、事故も大規模となるでしょう。
一度作ってそのままにしておくのは、最も危険なことです。生物もオートファジーによって、日々細胞を壊し、新たな細胞を作り出しています。神経細胞のように一生使う細胞も、オートファジーによってメンテナンスされています。
作ったものを壊すことには抵抗がありますが、壊さなければ危険なこともありますし、昆虫のように壊すことで進化できる可能性もあります。
生物が生きていくためにオートファジーの機能を備えているように社会も発展していくためには従来の体制を定期的に破壊することが大切なのかもしれません。

細胞が自分を食べる オートファジーの謎 (PHPサイエンス・ワールド新書)
- 作者:水島 昇
- 発売日: 2011/12/02
- メディア: 新書