ウェブ1丁目図書館

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小さなストレスを受けることでストレス耐性ができる

生物の体は、タンパク質でできています。

タンパク質は、20種類のアミノ酸のつながりですが、ただ一直線上につなげただけでは機能せず、立体的に形を整えなければなりません。このアミノ酸の連なりを立体的に整える能力はフォールディングと呼ばれ、生物はこの能力を持っています。

しかし、生物が活動を続けていると、タンパク質の立体構造が壊れることがあります。これをタンパク質の変性といいます。タンパク質の変性は、生物が生きていく上で好ましくない状態です。例えば、体が高熱にさらされるとヤケドしますが、これもタンパク質の変性の一つであり、ヤケドの症状が重ければ死にいたることもあります。

ストレスタンパク質の発見

生物の体を作るタンパク質が、どのようにできて、どのように死んでいくのか、その一連の流れを一般向けに解説しているのが、細胞生物学を専門とする永田和宏さんの著書『タンパク質の一生』です。

同書では、変性したタンパク質を復活させる機能についても説明されています。

タンパク質でできている生物の細胞は、常に様々なストレスに晒されています。そのため、何らかの刺激によって立体構造が壊れ、タンパク質が変性する危険が、いつでもどこでも存在します。

変性したタンパク質は凝集する癖があります。分かりやすく言うと、集まってくっつきやすくなるということです。凝集したタンパク質は正常に機能しなくなりますから、体の中では、変性したタンパク質を再生して使えるようにする必要があります。

変性したタンパク質の再生を担っているのは、ストレスタンパク質です。

ストレスタンパク質は、1962年にショウジョウバエの幼虫を通常より数度高い温度にさらす実験から発見されました。この時は、熱ショックタンパク質と呼ばれており、その後も1970年代にいくつかの熱ショックタンパク質が発見されていきます。

熱ショックタンパク質は、熱だけでなく、水銀、カドミウムヒ素などの有毒物質、低酸素、活性酸素などの酸化ストレスなどでも誘導されることがわかりました。そのため、熱ショックタンパク質は、広くストレスタンパク質と呼ばれるようになります。

タンパク質の修理

ストレスタンパク質の仲間は、必ずしもストレスがかかっている状態でだけ発現するのではないことが1980年代にわかってきました。

生成途中の未熟なタンパク質は、ミスフォールドしたり凝集したりしやすいのですが、未熟なタンパク質が正しい立体構造を作れるように手助けするためにもストレスタンパク質が関わっています。このようにタンパク質の成熟を介添えする役割を持つことから、ストレスタンパク質は分子シャペロンと呼ばれるようになります。

両者を区別し、通常時に働くものを分子シャペロン、ストレス下で働くものをストレスタンパク質とも呼んでいます。

ストレスタンパク質が、ストレス下で働くのは、タンパク質の修理のためです。

例えば、風邪をひいて高熱が出たとしましょう。物質を構成する原子は、温度が高くなると振動が激しくなります。ヒトだと平熱が約36度で保たれていますが、風邪などで熱が出ると40度を超える場合もあります。熱が出ればタンパク質を構成するアミノ酸の原子も激しく振動し始めます。そうすると、これまで安定に保っていたタンパク質の立体構造が、振動により崩れてしまいます。

タンパク質の立体構造が崩れると、アミノ酸が凝集し機能を失います。身近な例だと、ゆでた卵が固まるのが凝集です。生卵が通常状態、ゆで卵が変性した状態です。

我々の体を構成するタンパク質でできた細胞も、ゆで卵のように固まってしまうと死んでしまいます。そのため、細胞はストレスタンパク質を使って、タンパク質が変性して死ぬのを防いでいるのです。

ストレスタンパク質は、変性したタンパク質にくっつき、凝集するのを防止します。そして、エネルギーを使って変性したタンパク質をもとに戻し再生します。この時に使われるエネルギーはATP(アデノシン三リン酸)です。

このようなストレスタンパク質の働きを永田さんは「ゆで卵が生卵に!」と表現しています。そう、体内には、ゆで卵を生卵に戻すのと同じような仕組みが用意されており、そのおかげで生物は様々なストレスから細胞を守ることができているのです。


ストレスタンパク質の働きを見ると、微量の毒を飲んで病気を治すホメオパシーという治療法も、あながちニセ科学とは言えないのかもしれません。

同書では、ラットを意図的に脳梗塞にする実験が紹介されています。脳虚血状態を30分維持すると、ラットの海馬の神経細胞は7日後に著しく死んで脱落しました。

ところが、5分虚血し2日間再還流した後、30分虚血すると7日後もラットの海馬の神経細胞は、まったく虚血していないラットと見分けがつかないほど元気になりました。これは、弱いストレスを与えたことで、ストレスタンパク質を作ってためこむ機能を得たと考えられます。ストレスタンパク質が蓄積されていたため、その後に強いストレスを受けても、細胞は死ななかったのです。これをストレス耐性といいます。


日常生活でかかるストレスは健康を害す原因になります。でも、まったくストレスがかからない状況下で、ある時、強いストレスを受けると、もっと大きな健康被害が出るかもしれません。

小さなストレスは、むしろ心身を強くするためには大切なものなのでしょう。