ウェブ1丁目図書館

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社会の慣習に新自由主義が結び付いたら格差が生まれた

新自由主義という言葉は、格差の象徴として語られる場合が多いです。なんかよくわからないけど、最近、格差が広がっているのは新自由主義が原因だと言っておけば良いといった風潮があるように思えます。

果たしてそうなのでしょうか。

仮に新自由主義が貧富の差を拡大しているのであれば、なぜ、そのような概念が社会に広がっていったのでしょうか。

新自由主義とは何か

財政学者の井出英策さんの著書『欲望の経済を終わらせる』では、経済とはそもそも何なのかという視点から、新自由主義と格差について解説されています。また、日本の高度成長期から現代までの経済史もわかりやすく説明されています。

新自由主義の発信源となったのは、シカゴ学派と呼ばれる人々で、その第2世代の旗手とされているのが、経済学者のミルトン・フリードマンです。そして、社会理論家のデヴィッド・ハーヴェイは、新自由主義を以下のように定義しています。

強力な私的所有権、自由市場、自由貿易を特徴とする制度的枠組みの範囲内で個々人の企業活動の自由とその能力とが無制約に発揮されることによって人類の富と福利が最も増大する、と主張する政治経済的実践の理論である(18ページ)

要するに経済活動については、自由を認めることで、世の中の富が最大化されるとするのが新自由主義です。

新自由主義は、1980年代以降、世界的に広まっていきました。しかし、1961年以降の一人あたりのGDPの伸び率は、新自由主義の考え方が強まっていくにつれて低下しています。井出さんは、この状況を見て、経済的自由が経済の成長をもたらすかどうかはよくわからないと述べています。

グローバリゼーションが先進国の物価と賃金を低下させた

新自由主義が広まるにつれて、GDPの伸び率が鈍化していても、それだけがGDPに影響を与えているわけではありません。むしろ、企業活動の国際化(グローバリゼーション)の方が、GDPの伸び率を下げたと言えそうです。

グローバリゼーションにより、ヒトとモノの移動が活発化しました。それにより、新興国から先進国に安い商品が流れ込むようになり、先進国では、物価と賃金が低下し始めます。ただ、これが悪いことだと言い切ることはできません。なぜなら、新興国は先進国にモノを売ることで経済成長できたからです。世界的に見れば、グローバリゼーションは格差を縮小する方向に働いているはずです。

しかし、グローバリゼーションによって、経済成長が鈍化すると日本の財政に悪影響が出てきました。そこで、政府は増税を考えるようになりますが、経団連がそれに反対し、政府のムダをなくすことで財政再建を行うべきだとする増税なき財政再建を訴えるようになってきました。

万が一に備える貯金が新自由主義的な発想へつながっていった

増税なき財政再建だけでなく、法人税所得税の減税も行われるようになりました。これにより、税収は落ち込み、代わりに国の借金が膨らんでいきます。

高度成長期には、国民の所得が伸び、貯蓄が増えていきました。この貯蓄の増加は、何かあった時には自分の力でなんとかしなさいという社会からの圧力によって起こったものであり、自己責任の精神を国民に植え付ける結果となりました。しっかり働き、しっかり稼ぎ、しっかり貯蓄して万が一に備えるのが当たり前。それをできない人間が、何かあった時に不利益を受けるのは自業自得だとの風潮が日本社会に広まっていったのです。

そして、経済成長が鈍化した80年代や90年代になると、この風潮は新自由主義と結びついていきます。2000年以降は、不正やムダづかいの犯人を特定し袋叩きにする政治が合理性を持つようになり、所得減で苦しむ都市住民の不満ときびしい財政事情がかさなって、「利益の分配」から「痛みの分配」へと政治課題は変化していきました。

互酬、再分配、交換

経済人類学者のカール・ポランニーは、経済は、互酬、再分配、交換の3つの統合の原理に支配されるといいます。ここで注目すべきは、再分配でしょう。

経済は、この3つの統合により発展してきたのであり、再分配なくして成り立ちえなかったのですが、新自由主義的な政策を支持する人々は、この事実を完全に無視していると井出さんは指摘しています。そして、戦後の日本で新自由主義が受け入れられるようになったのは、万が一に備える貯蓄が自己責任の考え方と結びつきやすかったからと言えます。

また、政府が所得減税を進めたことも、国民が貯蓄を増やそうとする動機づけになったと考えられます。

しかし、経済成長が鈍ってくると中流層が減少し、そこから転落した人たちは努力によって貯蓄ができなくなっていきました。一方、中流層に踏みとどまっている人たちも以前と比べると貯蓄を増やすのが難しい状況になってきています。それが、生活保護などの公的支援を受けている人を白眼視する社会を作り出したのです。これは、新自由主義的な発想ではないでしょうか。

結局、社会の慣習や風潮が新自由主義と結びついたことで、自己責任を強調する社会が作り出されていったのです。そのような社会では、再分配という概念を育てるのは難しく、格差拡大を容認するようになるでしょう。

格差拡大を防ぐためには、社会が再分配を当然のものとして受け入れる必要があります。そして、再分配についても、所得制限を設けるのではなく、広く国民全員が受けられるようにすべきです。これについては、国民全員に一律でお金を給付するベーシック・インカムという方法がありますが、井出さんは、医療、介護、教育といったサービスを給付するベーシック・サービスが望ましいと語っています。

給付の原資はどうすべきか

ベーシック・インカムであれ、ベーシック・サービスであれ、給付には原資が必要です。その原資をどうするかについては、井出さんは消費税を推奨していますが、これについては賛同しかねます。

消費税は、消費者が負担する買物税と考えている人が多いですが、実質は、事業者の付加価値に課税するものです。例えば、100円で仕入れた商品に50円の利益を上乗せして150円で売った場合、上乗せした50円の利益が付加価値になります。消費税とは、この付加価値50円に課税するものです。

今、消費税を廃止して、同じだけの税収を確保するのに法人税率を引き上げたとします。この場合、どれくらいの税率引き上げが必要になるかということに対して、何十パーセントもの引き上げが必要だと述べる人が多いです。


財務省令和6年度予算のポイントによれば、法人税収と消費税収は以下の通りです。


法人税収=17.1兆円
消費税収=23.8兆円


2024年7月現在、法人税率は15%から23.2%、法人税額に課す地方法人税率は10.3%です。ここでは、両方を合わせた税率を20%としましょう。そうすると、法人税率1%あたりの法人税収は0.86兆円になります。もしも、消費税を廃止して法人税で穴埋めしようとすると、27.7%の引き上げが必要になるというのが、給付の財源には消費税が望ましいとする人たちの考え方です。


消費税をなくした場合の法人税率の引き上げ=23.8兆円/0.86兆円=27.7


しかし、この計算はまちがっています。消費税23.8兆円を穴埋めするための法人税率の引き上げは15%程度で済みます。法人税率を15%に引き上げた場合、まず、令和6年度の法人税収は12.9兆円増加します。


法人税収の増加=0.86兆円×15=12.9兆円


これだと、まだ10.9兆円少なく15%の法人増税では足りないと思うでしょう。でも、消費税が廃止されることで、消費税23.8兆円は事業者に戻されます。そうすると事業者の利益は23.8兆円増加し、これに法人税を課すことができます。また、消費税には地方消費税もあり、国と地方で78:22で分配されていますから、地方消費税6.7兆円も事業者に戻されます。


事業者に戻される地方消費税=23.8兆円/78×22=6.7兆円


したがって、事業者に戻される消費税の合計は30.5兆円になり、これに法人増税後の税率35%を乗じると10.7兆円の法人税収の増加となります。


戻された消費税に対する法人税=30.5兆円×35%=10.7兆円


よって、法人税率を15%引き上げた場合に増加する法人税は、12.9兆円と10.7兆円を合わせた23.6兆円となり、令和6年度の消費税収23.8兆円をほとんど同じになります。

ここでの計算のポイントは、消費税を事業者に戻すというところです。先ほども述べましたが、消費税は買物税ではなく付加価値税です。付加価値は事業者が生み出した利益なので、消費税を戻す先は事業者となります。なお、便宜上、事業者はすべて企業として計算しています。

利益に課税する法人税には、地方に入る部分もあり、国と地方の法人税を合わせた法定実効税率は、2024年7月現在で約30%です。仮に法人税率を35%まで引き上げた場合の法定実効税率は約40.8%でしかなく、消費税が5%に引き上げられた頃の法定実効税率約42%よりも低いです。消費税をなくした場合には、もっと法人税率を引き上げても問題ないでしょう。


このような計算をするためには会計の知識が必要になります。税がどのように計算されているのか知りたい方は、ぜひ、会計の本を読んでください。