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ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

肉体を言葉から解放すれば最高のパフォーマンスを発揮できる

スポーツ

スポーツ、例えば、テニス、野球、サッカー、バレーボール、ゴルフ、スキーなど、なんでもいいのですが、競技中に失敗した時、心の中で、「何やってるんだ!」と自分自身を叱りつけることがありませんか?

別にスポーツじゃなくても構いません。仕事でも料理でもテレビゲームでも、失敗した時、人はついつい自分自身に対して心の中で「バカヤロー」と怒ることがあります。僕もそうです。普段は、もっと上手にできるのに今日に限って何をやってるんだと、自分自身を叱責することがありますね。

でも、自分自身を叱りつけたところで、次から、上手にプレーできることはありません。むしろ、自分自身を叱責することが、さらなる失敗を生み、そして、スランプに陥らせるのです。

セルフ1(自分)とセルフ2(自身)の存在

ティモシー・ガルウェイの著書「新インナーゲーム」は、スポーツ、特にテニスについて、自分の内側の戦いをどうやって制すかについて述べられています。

あらゆるスポーツには、アウター・ゲームとインナー・ゲームがあります。

アウター・ゲームは、相手と戦い、障害を乗り越え、栄冠を勝ち取るゲームだ。(中略)
インナー・ゲームは、プレーヤーの内側のスポーツだ。集中力の突然の途切れや、緊張、自信喪失、自己非難といった、内なる障害を克服するゲームのことだ。(26~27ページ)

多くの場合、スポーツのレッスンを受けると、アウター・ゲームを中心に指導を受けます。テニスだとラケットの握り方、スイングの仕方、理想的なフォームなどをコーチから教えてもらうことでしょう。


でも、こういったアウター・ゲーム中心の指導では、なかなか上手くならないと、ガルウェイは語っています。それよりもインナー・ゲームが、上達のためには重要だと指摘しています。

ここで、自分の肉体や能力に話しかけようとする意識をセルフ1(自分)と呼び、その命令によって体を動かそうとする存在をセルフ2(自身)と呼ぶことにします。

無我夢中の状態

競技中、最初はぎこちなかった動きが、プレーを続けているうちに体がほぐれてきて、滑らかに動くようになってきます。

その状態がさらに加速すると、今度は、無我夢中の状態となり、体が無意識に状況に応じた反応をするようになります。こういった状態を「乗っている」とか「無心」とか表現することがありますね。

この無我夢中の状態に入った時、プレーヤーは最高のパフォーマンスを発揮します。


反対に体が思うように動かない時、いつも通りのパフォーマンスを発揮することができません。そういった状況になると、人はつい自分自身を叱責してしまいます。つまり、セルフ1(自分)がセルフ2(自身)に「何をやってるんだ」と語りかけている状態です。このような状況に陥ると、セルフ2(自身)は委縮してしまい、ますます、動きがぎこちなくなっていきます。そして、失敗すればするほど、セルフ1(自分)は、おしゃべりとなっていき、セルフ2(自身)を叱り飛ばします。


もうおわかりでしょう。

無我夢中の状態に最高のパフォーマンスを発揮できるのは、セルフ1(自分)がセルフ2(自身)に語りかける回数が少なくなっている状態だからです。

意識は高まっている。しかし思考はしていない。頑張りすぎることもしていない。彼は(彼女は)ボールがどこに行くか知っているが、そこへ打ち込むために頑張ることはしない。何かをするのではなく、それはまるで自然に「起きる」ように見受けられる。しかも本来望んだ以上の正確さを伴っている。プレーヤーは、スムーズな動作の流れの中に埋没する。しかし発揮されるパワーと正確さは、最高度に達する。
こうしたホットな状態は、通常、彼がそれについて考え始め、「もっと続けよう」と努力する瞬間まで継続する。しかし「この状態」をコントロールしようと試みた刹那に、この状態は失われる。(40ページ)

競技中にしなければならないこと。

それは、セルフ1(自分)がセルフ2(自身)を指導しようと語りかけることではなく、セルフ2(自身)を信頼してセルフ1(自分)が口出ししないようにすること、すなわち、セルフ1(自分)を黙らせることなのです。

セルフ2(自身)は動作を記憶する

セルフ2(自身)は、一度記憶した動作を忘れることはありません。ある動作を経験したら、次からどの筋肉をどのように動かせばよいかを永遠に記憶します。

なのにいつも同じ動作を繰り返せないのは、セルフ1(自分)がセルフ2(自身)に語りかけ指導しようとするからです。セルフ1(自分)がよく話せば話すほど、セルフ2(自身)は委縮していき、本来の動きをできなくります。

考え過ぎ、努力しすぎたために、全身が緊張し、筋肉同士が邪魔をし合ったのだ。責任はセルフ1にある。しかしセルフ1はそうは考えない。セルフ2を責め、次の機会にはセルフ2をさらに信用しなくなる。(49ページ)


「考えるな。感じるんだ。」

これは、ブルースリーの有名なセリフです。聞いたことがある方も多いでしょう。云わんとしていることは何となくわかります。このセリフを聞いたことがある人も、きっとそうでしょう。でも、具体的にどういうことなのか説明しろと言われても、なかなか言葉にできないのではないでしょうか?


この「考えるな。感じるんだ。」という言葉をインナーゲームに例えると、次のようになると僕は思います。

  1. 考えるな=セルフ1(自分)を静かにさせる
  2. 感じるんだ=セルフ2(自身)を信頼する


競技中に何かを考え始めると、セルフ1(自分)が饒舌になり、セルフ2(自身)の行為に口出ししようとします。「そうじゃないだろう」「もっと腕を大きく振れ」「下半身はどっしり構えろ」「ボールをよく見ろ」など、セルフ1(自分)がセルフ2(自身)を指導している状態が、「考えている」状態です。

一方の「感じている」状態は、セルフ1(自分)が完全に口を閉ざしている状態です。この状態になると、セルフ2(自身)は、委縮することなく、伸び伸びと本来の動きをし始めます。

言葉を覚える前の人類はセルフ2(自身)を信頼していたのか?

ここで、ふと疑問がわいてきました。

それは、大昔の言葉を覚える前の人類は、セルフ1(自分)がセルフ2(自身)に語りかけることはなかったのではないかということです。

僕は、頭の中で何かを考えている時、必ず日本語が頭を巡っています。もしも、僕がアメリカ人だったら、おそらく英語で物事を考えているでしょう。フランス人だったらフランス語、イタリア人だったらイタリア語で考えているはずです。

どこの国の人であろうと、僕は修得した言語を使って思考していると思うんですよね。


もしも言語を知らなかったら、僕はどうやって思考するのでしょうか?

言葉を知った今の状態では、その答えを導き出すことは難しいです。ひょっとしたら、完全に思考が停止してしまうのかもしれません。でも、その状態は、セルフ1(自分)が黙り込んでいるので、セルフ2(自身)が持てる能力を最大限に発揮できる状態になっていそうです。


ひょっとすると、人類は言葉を身に付けたことで、セルフ2(自身)が持つ能力を限定的にしか使えなくなったのかもしれません。

新インナーゲーム (インナーシリーズ)

新インナーゲーム (インナーシリーズ)

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