ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

発展し続ける社会では不安を感じるのが当たり前

科学技術は日々進化し、それに応じて我々の生活もより良くなっていってます。

数百年前と比較すれば、現代日本は極楽のような社会です。しかし、人生に不安を感じている人は多いのではないでしょうか。安心して生活できていると言える人よりも、何かしら不安を感じながら生きている人の方が多そうです。

どんなに裕福で何の心配もなさそうな人でも、多くの悩み事を抱えているということもあります。昔よりも暮らしが楽になっているのになぜか不安に感じる、どこか変な気がしますね。

不安定な状態

ところで、不安とはどのような感情でしょうか?

このように聞かれても、問いが漠然としていて、どう答えていいのかわかりません。

作家の五木寛之さんは、著書の「不安の力」で、不安に関して以下のように述べています。

不安、という言葉は、不安定という表現を連想させます。バランスのとれていない、いまにも倒れそうな心のおびえ。
重くのしかかってきて、気持ちを暗くするだけではなく、体の状態までおかしくさせる不安。
心配、というのとはどこかちがいます。といって、恐怖でもない。不安はもっとべったりとしたビニール質のねばっこさを感じさせます。
(11ページ)

不安とは、とらえどころのない恐怖に似た感情と言えそうです。しかし、恐怖とはどこか違います。恐怖は何らかの事象が発生した時に湧き上がってくる感情で、不安はまだ事象が発生していない状況で心の中にもやもやと現れる感情のような気がします。

  • 仕事をクビになったらどうしよう。
  • 志望校に落ちたらどうしよう。
  • 微熱があるけど、難病にかかっていたらどうしよう。


具体的に挙げると、このような感情が不安なのではないでしょうか。

では、なぜ不安という感情が起こるのでしょうか?

それは、将来がわからない不安定な状態にある場合に心の中に現れるのだと思います。

老いに対する不安

数ある不安の中でも、老いに対する不安は多くの人の心の中にあるようです。

老いと言うと高齢者だけの不安に思われますが、若さが失われていく不安は20代や30代でも感じている人がいます。現代日本社会は、若さを維持することが良いこととされる風潮があるので、実年齢よりも老けて見られると何となく不安に感じます。

平均寿命が延びているのに不思議な話です。

しかし、長生きできるようになったからこそ、40歳くらいで体調不良に襲われると不安になるのかもしれません。平均寿命が80歳を超えた現代で、40歳になったあたりで健康面に問題を抱えると、「まだ半分しか生きていないのに」と落ち込む気持ちはよくわかります。これが人生50年時代であれば、そろそろ自分も老いる頃だと納得できるでしょう。

ただ、五木さんが言う「若さが失われていくことへの不安」は、こういったことではありません。

日本の社会全体でいま、<若さ>というものに価値があると考えられている、という問題が浮かび上がってきます。そのため、すべての人びとのあいだに、若さにとどまりたいと願う気持ちがある。そして老化を恐れ、不安に思う。<若さ>を失っていくことに対する大きな不安が生まれ、若さを維持する方向へと世の中が向かっていく。
つまり、若さから少しずつ成熟していく道を歩もうとせずに、成熟することへの不安を人びとが抱いているのです。成熟を<老化>という言葉でとらえて、それを否定し、できるだけ<若さ>を保とうとするわけです。
(100~101ページ)

年齢を重ねることに不安を感じるのは、若さこそがすばらしいという社会通念があるからと言えそうです。成熟していくという感覚があれば、年をとることにそれほど不安を感じないのかもしれません。

しかし、日本社会では定年退職が当たり前となっているので、年をとることは、少しずつ自分が社会に貢献できる時間が無くなっていくように感じ、それが老いに対する不安となるように思います。

仕事を失う不安

定年退職を不安に感じるのは、仕事を失う不安と言い換えることもできます。

昔は、フリーターが多かったですが、彼らは仕事を失う不安を現代の正社員よりも抱えていなかったように思います。

なにものにも束縛されない、自由な暮らし。それが、フリーターのライフスタイルでした。
(中略)
明日からこなくてもいい、と言われても、たいていの場合、フリーターも困らなかったのです。明日になれば、明日の仕事がある。仕事を見つければ、とりあえず生活の心配はしなくていい。
まあ、呑気なと呆れる方もいらっしゃるかもしれません。けれども、時代環境も呑気な考えの若者たちを受け入れられるくらいの余裕がありました。おそろしいほどの好景気の名残りがまだあったのです。
(204~205ページ)

近年はフリーターよりも、契約社員として働く人が多くなっているのではないでしょうか。

条件はフリーターよりも良いはずですが、契約社員でいることに不安を感じている方は多いようです。

おそらく、現代社会は以前よりも、仕事を失うことに対する不安が大きいのだと思います。一度職を失うと、再就職が難しいというのはあるでしょうが、以前よりも正社員に対する憧れが強くなっているのでしょう。

世の中は便利になっていき、不自由なことが少なくなっています。それなのに仕事を失うことに対する不安が大きくなっているのは、技術の急速な発展が、社会の秩序を不安定にしているからなのかもしれません。

今、当たり前の仕事が、ある時、新技術の発明で消えてしまう。

だから、「もしかしたら、自分の仕事も消えてしまうのではないか」という不安が募り、安定した職業を希望するようになるのでしょう。しかし、大企業の正社員になっても、ある時、業績が悪化してリストラされることもあります。経済がグローバル化すれば、ライバルも増えるので、ますます安定することが難しくなります。

世界中で起こっている戦争やテロも、人々に不安を与えます。こんな時代だから不安を感じるのは当たり前です。

ぼくは、これはとても正常な反応だと思います。
いまの不安の時代には、こころに不安を抱えているということが、むしろ正常な反応ではないでしょうか。
それはなぜか。
ぼくらがいま生きている、この世界のありかた自体が、人間に不安を与えるような歪んだ構造になってきているからです。ぼくらの環境そのものがいま病んでいるからです。
(278~279ページ)

発展し続ける社会では、湧き上がってくる不安と上手に付き合っていくことが生きる力になるのだと思います。

不安の力 (集英社文庫)

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