ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

人はどこまで将来を予測できるか

将来を予測することほど難しいことはありません。不可能と言っても良いでしょう。

ところが、世の中には、将来を予測する情報があふれかえっています。これは一体どういうことなのでしょうか。考えられるのは、誰もが将来への不安を抱えており、そして、将来どうなるのかを知りたがっているということです。

わからなければわからないほど、どうなるか知りたいと思うのが人の性なのかもしれません。しかし、この世の中に絶対と言い切れるものは、生まれてきたら必ず死ぬということだけです。

どこまでも登り続けたい

不安を消し去るためには、常に高みを目指して登り続けること。

後ろを振り返らず、ただひたすら上を目指すことで不安が消えていきます。どんどん、どんどん突き進み、坂の上の雲を掴むまで上へ上へ。

しかし、ふと気づく。雲を掴むことなど不可能だと。そして、振り返る。

随分と高くまで登ってきたものだと。

自分が想像していた未来が、ここだったのだろうか。そんなはずはない。もっと上まで行けるはずだ。でも、もう登る道はない。あるのは下山するための道だけ。


作家の五木寛之さんは、著書の『下山の思想』で、日本は明治以来、先進国に学び近代化と成長を続けてきたけども、そろそろ下山の時代にはいったように思うと述べています。登山には必ず下山が必要です。社会もまた登りつめた後は下山しなければならないのではないでしょうか。

すでにヨーロッパ諸国は、下山に入っており、日本もまた、これから下山していくことになります。先を走っていた国々は、やがて後進国に追い抜かされていきますから、いつまでも先頭を走り続けられません。

アメリカも、いずれは下山していくことでしょう。日本は、アメリカがどのように下山していくのか観察し、どうやったら軟着陸できるかを模索していくことになりそうです。

下山の途中で視界が開ける

山頂に達したら、必ず下山しなければなりません。登山は、登ることと下ることがセットになっているのは誰もが知っていることです。

登っている間は、下山に意識が行きません。ただひたすら山頂を目指します。そして、山頂に到達した時、なんとも言えない充実感が身体を巡り、努力が報われたような心地良い気分になります。

しかし、登っている間に見た景色を思い出せるかというと、そうではないでしょう。苦労は思い出されても、周囲の景色がどうだったのかを鮮明に思い出せないのではないでしょうか。

下界を眺める余裕が生まれるのは下山の時です。山を下る過程で、視野が広がり、登っている時には見えなかった景色を眺められます。これを社会に当てはめると、経済が急成長している時は視界が狭くなり、成長が鈍化し下り坂に入った時に視野が広がるのでしょう。

日本社会が高みを目指している時は自殺者が多かったのが、経済成長が鈍化したことを受け入れるようになると次第に自殺者が減っていきました。登山から下山に入ったことで、視野が広がり、心に余裕が持てるようになってきたのかもしれません。それでも、日本の年間の自殺者は2万人いますから、まだまだ上へ上へ突き進んでいこうとする風潮が日本社会に残っているのでしょう。

偶然に左右される世界

どこまでも高く高く登りつめるためには努力が必要だ。そして、物事がうまくいかないのは努力が足りないからだ。

我々は、このように教えられてきました。努力によって道が開けるのだと。

これは、将来を予測できると言っているのと同じではないでしょうか。しかし、物事は、時として偶然に左右されるものです。

いくら科学的、数理的に経済の未来を予測したとしても、現実には意味がない。
それはなぜか。
世の中には、偶然というものがある。不運が重なるということがある。富士山の大爆発や、新幹線の事故や、原発の暴走や、リーダーの急死や、そんなことを予測することは不可能なのである。
アイスランドの火山の火口から、思いがけぬ噴煙がふきだして地球上空を流れることなど、だれも予測していなかった。アイスランドの経済が崩壊することは、予測できても、自然界の変異は予測できない。(116ページ)

コロナウィルスが変異することなど誰が予測したでしょうか。そして、これほどまでに社会がパニックになることを数年前に予測できたでしょうか。

世界は偶然に左右されて動いているのです。努力で変えられることもあれば変えられないこともあるのです。

山頂を目指している間は、それに気づきにくいものです。下山に入った時に視野が広がり、自分の脳内で予測できることはほとんどないことに気づくのです。

高みを目指し、梯子を上へ上へ登っている間は、どこまでも行けると信じられます。絶対に一番上まで行けると。でも、ふと足元を見た時、自分の体を支えている梯子があまりに頼りないものであると気づきます。風が吹けば、自分の体はどこかに飛ばされてしまう頼りない梯子だと。

下山の思想 (幻冬舎新書)

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