ウェブ1丁目図書館

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ヒトが進化によって獲得した教育

ヒトは、なぜ教育を受け、そして学習するのか。

その答えとして、よく耳にするのは、大人になった時に必要な知識を子供のうちに身に付けておく必要があるといったものです。また、大人になってからも学習するのは、変わりゆく社会についていくためだと。

しかし、これは、ある社会を維持させるために誰かが決めたことであり、生物としてのヒトが、なぜ、学習し、他人を教育するのかの答えではありません。いったい、ヒトは、どのようにして学習と教育を身に付けたのでしょうか。

ヒトは教育で生きる動物

どのように学ぶのが効率的か、教育とはどうあるべきかを論じた書籍はたくさんありますが、生物学的な視点で、ヒトが、なぜ学習し教育をするのかを解説した書籍は目にする機会が少ないです。

教育心理学、行動遺伝学、進化教育学を専門とする安藤寿康さんの著書『なぜヒトは学ぶのか』は、そんな数少ない生物学の視点で学習と教育を解説した書籍です。

教育とは、学校の成績が良くなるため、自分自身の楽しみを追求するためだけに存在するのではありません。生物としてのヒトという視点で見た場合、ヒトは、進化的に、生物学的に、教育で生きる動物です。言い方を変えれば、人は、教育なくして生存できない動物と言うことができます。

大きな脳を持つヒトは、その知能の高さからすると、個体学習のみで生きていけそうです。ここで、個体学習とは、独学とは異なり、純粋に一人だけで自然や社会と対峙する経験を通じて何かを学び知識を獲得することをいいます。本、インターネット、ビデオ教材などを使って一人で学ぶことは、他人が作った素材に依存していることから、教育学習になります。

ヒト、特に高度に発達した社会で生きるヒトが学習する場合、個体学習よりも、教育学習から学ぶことの方が多いのではないでしょうか。高度に発達した脳は、個体学習ではなく、他個体たちと協力し、他個体と知識を交換しながら生きるように進化してきたのです。ヒトが教育を受けること、教育を施すことは、生物としての進化によって獲得した学習能力と言えそうです。

教育は利他的

教育とは、ある人が、誰かに知識を授けることです。しかし、ただそれだけではなく、何かの意図をもって知識を与えているような印象が、教育という言葉にはあります。

例えば、義務教育は、日本社会を生きていくために最低限知っておかなければならない事柄を身に付けさせるものといった印象を受けます。そして、それは、日本という国家が、安定的に維持発展できるようにするために為政者が仕組んだ制度のように思えます。

しかし、教育とは、本来、そのようなものではなく、生物としてのヒトに備わった能力なのです。

カロとハウザーという研究者は、教育を以下のように定義しています。

すでに知識や技能を持つ個体が、目の前にその知識や技能を持たない学習者がいるときに特別に行う利他的な行動によって、その学習者に学習が生じること(26ページ)

この定義で、最も重要なのは、教育が「利他的」であるということです。教育する側が、自分にとって有利になるような知識や技能を学習者に身に付けさせることは、上の定義とは外れた行為となります。

ヒトは、進化の過程で、教育という利他的な行為を身に付けていきました。それは、乳児と大人がゲームをしている時、大人がわざとまちがった行動をした場合に、乳児が、正しい行動を大人に教えようとすることからも認められます。この時の乳児の行為は、利他的であり、自分にとって利益があると考えて、大人に正しい行動を促したのではありません。

生物にとって、教育はコストのかかる営みです。他の生物の脳は、血縁以外の他個体にエサの獲り方などを教えるような仕組みにはなっていません。ヒトが、他個体を教育するのは、それが生存戦略にとって有利に働いてきたからだと考えられます。

一方で、狩猟採集で生活をしている民族では、大人が子供に獲物の獲り方などを教えることはないそうです。子どもたちは、大人たちがしていることを真似しながら、獲物の獲り方などを覚えていきます。人類史の95%以上が狩猟採集の生活であったことから考えると、このような自由放任主義的な教育こそが、ヒトにとって本来的な教育なのかもしれません。

学校の成績は遺伝の影響が大きい

芸能やスポーツは、生まれ持った才能が影響していると考える人は多いです。一方で、勉強は誰でも平等に努力によって成果が出ると考えている人も多いように思えます。

しかし、行動遺伝学の視点で見ると、勉強も遺伝の影響が50%あるので、誰でも平等に努力によって成績が伸びていくとは言えません。成績に与えるものには家庭環境もあり、こちらは30%が影響しています。残り20%は、先生の教え方や本人の中で変えられる要因です。

きっと、多くの人は、先生の教え方や本人の工夫こそが、勉強に最も大きな影響を与えていると思っていたのではないでしょうか。でも、事実は残酷で、遺伝と家庭環境の影響が80%を占めています。

だからと言って、遺伝によって頭が良いか悪いかが決まっているのではありません。ヒトには、それぞれ得意とすることと不得意とすることがあるだけです。求められる能力は、時代や場所によって異なります。

現代には、多くの仕事があり、その中には、自分が持つ能力を発揮できるものがあるはずです。それを見極めるのが、動物としてのヒトに備わっている個体学習なのでしょう。

そして、自分の能力を発揮できる場を見つけた時、知識や技能を身に付けるために教育を受ける選択ができることが、ヒトの社会に必要なのではないでしょうか。