バブル経済で沸いてた時代はずいぶん昔となりまして。高度経済成長にいたっては、もう歴史の世界。でも、どちらも経験したことがある人は、まだまだたくさんいらっしゃるわけで、景気の良かった時代を懐かしむ声は今も絶えません。
バブル経済が崩壊して日本は長い不景気に突入し、今も後遺症に苦しまされています。しかし、バブル崩壊から長く続く不景気は、日本人の道徳観というのか倫理観というのか、根本的な考え方に良い変化をもたらしたように思います。
バブル期の日本人はマナーが悪かった
1989年10月から91年10月まで産経新聞で連載されていた遠藤周作さんのエッセイを書籍化した「心の砂時計」を読むと、バブル期の日本人がどのような考え方を持ち、どのような行動をしていたのかを思い出させます。
日本人は、海外の人から「礼儀を重んじる国民」とか「謙虚な国民」、「自分よりも他人を優先する国民」など、良いイメージを持たれているようです。テレビ番組で、そのように紹介されているだけで、実際はどう思われているかはわかりませんが、他人に迷惑をかけないとか礼節を重んじるというのが、日本国民の特徴であり、昔から受け継がれてきた美徳だと信じられているようです。
しかし、遠藤さんのエッセイを読むと、そんなことはないと気付きます。バブル期の日本人なんて、海外に行けば迷惑な行動ばかりし、現地の人々に迷惑をかけていたのですから。
最近では、中国から日本に旅行に来る人が増え、彼らのマナーが悪いと文句を言う人がいますが、景気が良かった時の日本人も同じようにマナーが悪かったのです。
いつか韓国の慶州の寺に詣でた時、日本の心ない団体旅行の人がスイガラ入れが至るところにあるにもかかわらず、煙草を道に棄てた。
背後からきた韓国の高校生の一人がそれを拾ってスイガラ入れに入れた。そしてまるで何ごともなかったように友人と談笑しながら歩いて行った。それを目撃した私は言いようのない恥ずかしさをおぼえたものである。
(202ページ)
全ての日本人がこうだったとは言いません。でも、当時は日本国内でも、道端に煙草のスイガラがよく落ちてました。「煙草のポイ捨て禁止」などの看板がなければ、平気でゴミをその辺に棄てる人はたくさんいましたね。
所有欲が強い
景気が良かった時代は、人々の所有欲も強かったように思います。
学生でさえマイカーを持つ人が多かったです。その所有欲が、東京での慢性的な渋滞を招き、1991年に駐車場を持たない者は軽自動車でも買えないという法改正がなされました。今なら当たり前だろうと思えますが、バブル期は売ることが優先され、道路の渋滞や違法駐車はあまり深く考えられていなかったのでしょう。
都心の渋滞緩和について遠藤さんは、こんなことをおっしゃっています。
平日は仕事で必要な人以外はできるだけ、車を使わぬようにするのを都民の心がけのひとつにしたい。
学生などがアルバイトならとも角、遊びのために車を使うのは、女の子にモテるためだろうが、あれはやめたらどうだ。私の若い頃、車を持つ学生など大学で数人しかいなかったが、女の子と遊ぶのに一向に不都合はなかった。
(111ページ)
東京に住んでる人が、車なしで生活できないということはないでしょう。交通機関は発達してますし、鉄道料金も他に比べると圧倒的に安いのですから。それでも、当時は車を持ちたい人がたくさんいたのは、「必要だから車を持つ」というのではなく、ただ「欲しい」という所有欲が強かったのではないでしょうか。
都内で1億円のマイホーム
バブルと言えば土地転がしも流行りました。
都内でマイホームを買おうと思えば1億円を用意しないといけないほどの地価の高騰は異常です。厚生労働省の国民生活基礎調査によれば、2014年の1世帯当たり平均所得金額は541.9万円で、これはバブル全盛期の1989年とほぼ同水準です。つまり、現代と同じ給与水準にもかかわらず、1億円もの資金を用意しなければ、都内にマイホームを持てなかったのです。
こんな時代にマイホームを持つことは極めて難しいこと。だから遠藤さんは、当時の若者が自動車を買ったり、海外レジャーにばかりお金を使う刹那主義的な生き方をするのも仕方ないだろうと述べています。
「若い連中は自動車を買ったり、海外レジャーにばかり金を使い、堅実ではない」
という批判をきくと、私はそういうならば彼等のために企業は土地を買い占めるな、と言いかえしたくなる。
企業があちこちの土地を買いあさることは、それ自体では企業発展のために結構かもしれぬ。そのかわり、若い世代の生活の夢を奪ったことを考えてみよう。つまり、若い世代の人生観に大きな傷を与えたことも確かなのだ。
(87~88ページ)
給料が増えない状況で、物価だけ上げるようなことを日本企業がこぞってやっていたのですから、どこかで反動が出るのは当然のこと。だからバブル経済は崩壊したのですが。
お金を持てば傲慢になるもの
日本人が謙虚で、自分よりも他人を優先するとか和を乱さないと言われるようになったのはバブル崩壊後からです。
バブル期は、日本人が札束をちらつかせて、海外で名画を買いあさったり、土地を買い占めていました。そんな日本人を見た当時の人々は日本人が謙虚だなどとは思ってませんでした。遠藤さんは、当時、ヨーロッパのラジオ局の人からこんなインタビューを受けたそうです。
「日本人には原則がなく、心に道徳心なく、富の追求ばかりやっていると書いてきましたが、あなたはそんな批判をどうお思いですか」
(246ページ)
このラジオ局の人の質問内容こそが、当時、海外の人が日本人に抱いていたものなのです。
質問を受けた遠藤さんは、17世紀や18世紀に東洋を侵略し植民地支配をしてきたヨーロッパを例に出して反撃していますが、結局、人間はお金を持てば誰しも傲慢になるのでしょう。
海外から、日本人は謙虚で利他的だと好印象を持たれているのは、長い年月、不景気の中で育ってきた若い人たちが傲慢な振る舞いをしていないからでしょう。景気が悪い時にそのような態度で仕事をしていたら、お客さんに嫌われ、少ない売上がさらに減ってしまいますからね。
景気が少々悪い方が、満員電車でも股を広げて座っているオヤジが減って良いのかもしれません。
- 作者:遠藤 周作
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