ウェブ1丁目図書館

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行動経済学を知る人が増えれば研究結果と現実が乖離するだろう

人間には心があります。心は感情だったり、理性だったり、本能だったりします。そして、人により、心の在り方は異なります。

だから、同じ状況に遭遇しても、人により採るべき行動は異なって当然です。ところが、古典的な経済学では、人間は、自分の利益を最大化するために行動し、その判断も論理的なものだと仮定しています。しかし、人間は誰もが合理的な行動をできるわけではないですし、その時の感情によって選択する行動が違うこともあります。

そこで、人間の心をどう見るかに焦点を当てた行動経済学が、近年、注目されています。しかし、行動経済学の研究でわかったことでも、本当にそうなのかと疑問に感じる点があり、まだまだ経済学は発展途上にある学問なのだと気づかされます。

時間をどう判断するか

行動経済学の本によく出てくる事例に割引効用があります。

経済学博士の依田高典さんの著書『「ココロ」の経済学』でも、割引効用について解説されています。本書は、行動経済学だけでなく、もっと幅広く、人間の心と経済との関係を一般向けにわかりやすく解説しているので、行動経済学の初学者が最初に読むのに適しています。

58ページに割引効用の簡単な問題が掲載されているので紹介します。

問題1 AまたはBのどちらを選びますか?
 選択肢A 今すぐの3万円 or 選択肢B 1年後の4万円

さて、どちらを選びますか。

どっちが正解かというものではありませんので、好きな方を選んでかまいません。今すぐお金が欲しければ「A」を選ぶでしょう。お金に余裕があれば、1年待って4万円をもらう方が得だと考え「B」を選ぶかもしれません。

では、次の場合は、どうでしょうか。

問題2 CまたはDのどちらを選びますか?
 選択肢C 1年後の3万円 or 選択肢D 2年後の4万円

こちらも、どちらを選んでもかまいません。ただ、問題1との関連性を考慮すれば、「A」を選んだ人は「C」を選ぶのが合理的な判断ですし、「B」を選んだ人は「D」を選ぶのが合理的な判断です。

なぜなら、問題2の選択肢Cは、問題1の選択肢Aに1年を足しただけであり、同様に選択肢Dは選択肢Bに1年を足しただけであり、問題1と問題2で質問内容の本質に違いがないからです。

ところが、多くの人は、問題1では「A」を選び、問題2では「D」を選ぶという矛盾した意思決定をします。

これこそが、まさに人間に心があるということです。問題1では、人は「待つ辛さ」も考慮して、今すぐもらえる3万円を得と感じます。一方の問題2では、どうせ待たなければならないのなら、1年後の3万円より2年後の4万円の方が得だと感じます。

問題1も問題2も、本質的には同じことなので、両方で矛盾のない選択をするはずだと仮定していたのが古典的経済学でした。しかし、実際の人間は、矛盾した選択を当たり前のようにするものです。心を無視した古典的経済学では、人間の活動である経済を説明することに限界があるのではないかと。

人間の選択は意外と合理的

上で紹介した問題1で「A」を選び、問題2で「D」を選んだ方の中には、なんとなく腑に落ちないと感じている方もいるかもしれません。

僕も、このような説明では納得できません。むしろ、問題1で「A」を選び、問題2で「D」を選ぶ方が合理的だと思えます。

仮に問題1の「A」を「1日後の3万円」としたとします。この場合、1日我慢すれば3万円がもらえます。つまり、3万円/日の我慢、もっとわかりやすく言えば、日給3万円と同じです。

では、選択肢Bはどうでしょうか?こちらは、365日我慢して4万円がもらえるわけですから、約110円/日の我慢、言い換えると日給110円と同じような感覚です。

日給という概念が妥当かどうかは別にして、1日あたりで見た場合、もらえるお金は選択肢Aが選択肢Bを圧倒的に上回っていますから、ほとんどの人は「A」を選ぶはずです。

同じように問題2を考えると、選択肢Cは約82円/日、選択肢Dは約55円/日となり、両者の差は、問題1よりもかなり縮まります。日給82円と日給55円なら、それほど大きな差ではないと考えて「D」を選んだ人もいるかもしれません。50円/日以上の見返りがあれば良いと考える人であれば、最終的に多くのお金がもらえる「D」を選んだ方が得だと考えるでしょうし、それが合理的な判断なのではないでしょうか。

知ってしまえば合理的行動ができる

行動経済学の本では、被検者に上で紹介したような質問をして、どのように回答したかを集計した研究結果が紹介されていることが多いです。

それらの内容は、一度、行動経済学の本を読めば理解できることであり、次に同じような質問をされても合理的な選択をするようになります。要は、答えを知っているかどうかの問題でしかありません。

誰もが、行動経済学の本を読めば、古典的経済学が想定する合理的経済人(ホモエコノミカス)になれるのです。しかし、そんな丸暗記が、株式投資や経営意思決定の場で生かせるかどうか疑問です。

行動経済学で証明された」なんて宣伝文句は非常に怪しいです。依田さんも、そのことを危惧しています。

学問の良いところが多くの学者に認められることは良いことです。しかし、書店に行くと、行動経済学のコーナーが作られ、お手軽・安直な行動経済学のハウツー本が溢れている状況を見ると寂しい気持ちと怖い気持ちが入り混じります。というのも、20世紀は物理学の時代でした。そして、物理学的数学手法を積極的に取り入れた経済学の数理化が急速に進みました。その過程の中で、数理化にそぐわない経済学は切り捨てられました。(67ページ)

行動経済学の本を読んで、研究結果を知れば、その研究と同じような状況に遭遇した時に合理的な選択ができるでしょう。

しかし、人生は不確実性の連続ですから、どんなに行動経済学の本を読んだところで、場面場面で必ず論理的に思考できたり、合理的に行動できるようになるわけではありません。

古典的経済学は実際の人間の心を無視していると批判されますが、行動経済学も、その研究結果を知る人が増えれば現実の人間には当てはまらなくなり、研究結果と実際の人間の行動に乖離が見られるようになるでしょう。

手品は、そのタネを知らない人にだけ不思議に思えるのです。それは、行動経済学も同じです。