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ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

責任転嫁と権力の所在を明らかにしない日本人の特徴は高杉晋作譲りか?

時代小説

日本人は、責任の所在を明らかにしないとか、不祥事が発生した時に誰も責任をとらないと指摘されることがあります。

会社が不祥事を起こせば、社長が責任をとるべきだと思うのですが、日本の場合、そうなってないことが多いように思います。政治の問題でもそう感じますよね。政党の党首が責任をとらない、大臣が責任をとらない、官僚のえらいさんが責任をとらない、などなど、とにかく責任の所在がどこかさっぱりわからないことばかりで、多くの国民が不満を抱えているのではないでしょうか?

おそらく、数百年前から日本にはこういった風潮があったのかもしれませんが、今のように責任をとるべきだろうと思われる人が責任をとらなくなったのは、幕末の長州藩高杉晋作の影響ではないかと思うんですよね。

四カ国艦隊に惨敗した長州藩

僕がそう思ったのは、山岡荘八さんの小説「高杉晋作」の3巻を読んでいるときです。

長州藩文久3年(1863年)に下関を通過する外国船を陸から砲撃する暴挙に出ます。この頃は、すでに幕府と諸外国で条約が交わされ、外国船が下関を航行することが許されていたのに長州藩が砲撃したのですから、外国人たちも驚いたことでしょう。

鎖国中でも日本と交易があったオランダ船までお構いなしに砲撃した長州藩の行為は狂気としか言いようがありません。

案の定、翌年の元治元年に米、仏、英、蘭の四カ国艦隊による報復で、長州藩は惨敗を喫しました。負けた長州藩は、四カ国に賠償金を払わなければなりません。しかし、長州藩には賠償金を払えるだけの資金はありませんでした。

賠償金を幕府に払わせる

長州藩は英国との講和にあたり、高杉晋作を代表者に選びます。

英国の代表クーパーは、四カ国合わせて3百万ドルの賠償金を要求します。クーパーは、払えるわけがないと高をくくっていましたが、高杉晋作は、たったの3百万ドルで良いのかと訊き返し、その賠償額に承諾します。当然、クーパーも長州藩がすぐに賠償金を支払うと思います。

「三百万ドルははなはだ安い。が、そんな金は長州藩にはない。長州も、ご承知のとおり、この戦争で莫大な軍費を使っている」
「それは貴方の勝手である」
「勝手に戦ったのではない。攘夷せよという幕命によって戦ったのである。したがって、賠償金三百万ドルは、われらが承知したと言われて、幕府からお受け取り願いたい」
(218ページ)

長州藩は、幕府の命によって外国船を砲撃したのだから責任は幕府にあると切り返したのです。そして、どんな戦いでも鉄砲に罪はないと言いだし、長州藩は幕府の鉄砲でしかないのだと主張しました。

このように言われるとクーパーも不本意ながら、高杉晋作のいうことを聞くしかなく、賠償金を幕府に請求することにしました。

彦島の租借を拒否

しかし、クーパーは賠償金はあきらめたものの、彦島の租借については譲る気はありません。この時代のイギリスは、世界中に植民地を作り、香港のように長期間に渡り彦島も食い物にするつもりでいました。

以前に高杉晋作は上海に行き、西洋諸国が東洋の国々を食い物にしているのを見ていたので、断固としてそれを拒否しなければならないと考えていました。そして、クーパーに対して、彦島を譲る権利は幕府にも長州藩にもないので無理だと突き返します。

当然、クーパーは、彦島の権利が誰にあるのかを高杉晋作に尋ねます。

それをお知りなさりたいと言われるか。では申し上げよう。そもそもわが日本国は、高天ヶ原朝廷の七代にまします常立命に始まり、伊弉諾伊弉冉の二神が、天の浮き橋に立たせ給い、天沼矛をもって蒼海をささせ給うて、その矛の尖から雫が垂れて島ができたもの。その後、諾冉二神の御子天照大神が、天孫瓊瓊杵尊を下し給うて・・・・・」
(245~246ページ)

と、日本の神話の国産み伝説や天孫降臨について述べ始めたので、通訳のアーネスト・サトーも驚きます。

彦島の所有者は誰なのか?

それは、天照大神だと高杉晋作は答えます。これにアーネスト・サトーが食って掛かると高杉晋作は、再び「豊葦原の国の瑞穂の国はこれわが子孫の君足る・・・」と続けます。

さすがに高杉晋作の言葉にあきれたアーネスト・サトーは、クーパーに彦島長州藩にも幕府にも租借させる権利がないと通訳しました。

「フーン。すると朝廷のものだというのか」
「いや、その朝廷の、ずっと以前の、祖先から預かったものだから、朝廷にもその権利がないらしいと」
「その祖先は、まだ生きているのか」
「それが、もはや五十万年ほど前に、肉眼では見えない高天ヶ原というところに参って、そこで生活しているそうで」
「なに、五十万年・・・・・」
「はい。したがって、これと連絡をとることは不可能だと言っているもののようです」
クーパーは、ほんとうに赤鬼のような顔をして、
「いったい君は何をこの男にたずねたのだ!」
はげしく卓を叩いてみたが、何とも埒は明かなかった。
(247~248ページ)

結局、イギリスは彦島の租借をあきらめます。米、仏、蘭も彦島の租借はイギリスがうまい思いをするだけだとわかっていたので、これには口を挟みませんでした。

日本では誰がトップかわかりにくい

この時の高杉晋作の交渉が、日本国民が責任の所在を曖昧にする始まりだったのではないでしょうか?

日本の会議では、誰が決定したのかわからないまま、問題が発生しても会議で決まったことだからと言って、誰が責任をとらなければならないのか不明確なことがよくあります。第2次世界大戦の時も、開戦を決定したのが誰なのか曖昧でしたからね。

高杉晋作がクーパーをうまく煙に巻いたことで、日本はイギリスの植民地にならなくて済んだのですが、その後の日本人の無責任体質は、この時の成功体験から自然と体に染みついて行ったのではないでしょうか?

高杉晋作(3)(山岡荘八歴史文庫79)

高杉晋作(3)(山岡荘八歴史文庫79)