ウェブ1丁目図書館

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吉田松陰のように思想を安易に他人に語ると取り返しのつかないことになる

誰しもが、何かしらの思想を持っていることでしょう。

どのような思想を持とうと、民主主義の世の中では建前上は自由です。もちろん、他人の権利を侵害するようなことは許されませんが。

しかし、どんなに自由と言っても、自分の思想を語る場は慎重に選んだ方が良いでしょう。そうでなければ、吉田松陰のように他人から危険人物と見られる恐れがあります。

安政の大獄で捕えられた吉田松陰

吉田松陰は幕末の長州藩士です。

彼は、外国人が日本を侵略することに強い危機感を抱いていました。だから、幕府の弱腰の外交政策が許せず、御政道にたてつくような発言をすることもありました。

政治を批判する人がいるのは、今も昔も同じです。でも、江戸時代の政治批判は、権力者に知れると命の保障がありません。だから、大きな声で政治を批判することはできませんでした。

しかし、黒船来航以来、幕府が諸外国に対して腰が低いのを見た当時の人々は、次第に政治批判を強めていくことになります。梅田源次郎(梅田雲浜)もそんな一人で、安政の大獄が始まると真っ先に捕えられました。そして、彼と面識があった吉田松陰も幕府に捕えられ牢屋に入れられてしまいます。

相手の出方を見ずに語る思想は危うい

吉田松陰に対する幕府の詮議は、山岡荘八さんの小説「高杉晋作」の1巻の描写が非常に興味深いです。

吉田松陰は、梅田源次郎とはそれほど仲の良い関係ではないことを述べ、そして、幕府の役人に自説を述べます。

「松陰は、寝た間もこの大国難を忘れたことのない学生にござりまする。いかにすれば日本国が、攘夷をなしとげて安定するか?そのため日夜心血をそそいでおるもの、私はまた当然公儀お呼び出しは老中間部詮勝公ご上洛のおりのことと存じておりましたのに」
「なに、間部どの・・・・・」
「さよう、日本国は万世一系の天子を頂き、君臣の分は万古より定まってきている国、その朝廷を圧迫しようとして上洛するなど許せぬ不義、それゆえ、途中に要撃せん・・・・・」
「何と申した。途中にこれを?」
(242ページ)

攘夷とは外国人を追い払うこと。つまり吉田松陰は日本を外国人の侵略から防ぐためには、天皇を中心にして日本人が協力し合うことが重要だと述べたのです。そして、朝廷に圧迫を加えようとしている老中を襲撃しようとしたのだと、本心を語ってしまいました。

もっと相手の出方を見てから自分の本心を語るかどうかを判断すべきだったでしょう。吉田松陰はこの時の発言が仇となり死罪となりました。

松陰の心事の潔癖さはむろん軽蔑すべきものではなかった。いかなる困難に出会おうと、その機会をとらえてわが志をのべようと決心し「いさましく鳴く轡*1むしかな」と奮い立っていったのはあっぱれであった。
しかしその松陰の情熱が、現実の認識を誤って暴走してしまったこともまた事実なのだ。
(250ページ)

思想を語るなら局面を鋭く洞察する力を養うべき

このような吉田松陰の発言に対して、長州藩周布政之助は(すふまさのすけ)は、高杉晋作に次のように述べています。

「つねに大局を見るの明も必要ながら、その局面局面の狙いが何であるかを鋭く洞察してゆく洞察力も、大事をなすには欠くべからざるものなのだ」
「それは私も認めます」
「寅次郎*2は志士としては立派なのだ。しかし寅次郎個人の力では何もできない。かりに藩庁は、いま寅次郎の思うままには動いていないかもしれない。しかし、けして彼の敵ではなくて、いささか遅れてついて来る大きな力を持った味方なのだ。寅次郎は、人一倍、一方では藩の恩義に義理を感じて苦慮していながら、わが身の潔さを示そうとして却って味方である藩の立場をふみにじりかけている・・・・・ということは実は、自分の志をも裏切る結果になりかねないのだ」
(251ページ)

この言葉はなかなか重たいですね。

自分の思想を実現させようとした吉田松陰の言動が、彼の味方であるはずの長州藩を窮地に陥れ、揚句が自分の志まで失わせてしまうのですから。

思想を語るとき、それが時代の局面に合ったものなのか、そして、思想を語る相手が自分と同じ志を持っているのかもしくは賛同してくれるのか、そういったことを見通せないで我が思想を一方的に語ると、取り返しのつかないことになるのです。


例え、自分の考えが正しいと確信していても、社会にそれを受け入れるだけの下地ができあがっているのか、どれほどの賛同者がいるのか、それが不確かな状況では、口を閉じて、じっと我慢することも大切なのではないでしょうか?

高杉晋作(1)(山岡荘八歴史文庫77)

高杉晋作(1)(山岡荘八歴史文庫77)

*1:くつわ

*2:吉田松陰のこと