日本の近代経済に大きく貢献した実業家の渋沢栄一は、その生涯で500もの会社を起ち上げています。
中には、すぐに解散した会社もありますが、サッポロビール、みずほ銀行、JR東日本、帝国ホテルなど、誰もが知っている大きな会社を設立しています。これだけたくさんの、しかも大きな企業を設立し、今も健在であることから考えると、渋沢栄一は、想像もできないほどの富を手に入れたことでしょう。
ビジネスでこれだけ成功すると、裏で悪いこともしていたのだろうと思ってしまいます。でも、渋沢栄一の孫の孫、つまり玄孫(やしゃご)の渋澤健さんの著書「巨人・渋沢栄一の『富を築く100の教え』」を読むと、そうではなく、道徳を重んじる人であったことがわかります。
競争には道徳が必要
「市場経済」や「自由競争」という言葉を聞くと、それだけで、アレルギー反応を起こす人は少なくありません。
おそらく、そういった人たちは、これらの言葉に弱肉強食、弱者切り捨て、拝金主義という印象を持っているのでしょう。そして、勝者は敗者から富を奪っていくと。
もちろん、渋沢栄一も、こういった競争は望んでいません。しかし、競争がなければ社会は発展しません。
渋沢栄一の言う競争とは、他人をおとしめる競争ではなく、自分の努力によって他人に打ち勝つということです。マラソン選手なら今よりもスタミナをつけて自己ベストを更新する、プロゴルファーならショートアイアンの練習をして今よりもアプローチに磨きをかける、プロ野球のピッチャーなら球種を一つ増やして打たれにくくする、そういう方向で努力をするのは、良い競争です。
商売上(殊に輸出営業などについて)に
注意を望むのは、競争に属する道徳である。(中略)
すべて物を励むには
競うということが必要であって、
競うから励みが生ずるのである。
(170ページ)
物事に励むには競争が必要です。競争があるからこそ励み努力するのです。ただし、競争には道徳を忘れてはならないことを知っておく必要があります。
格差なくしては社会は豊かにならない
理想的な社会とは、全ての人が裕福で豊かな暮らしをできる社会でしょう。
おそらく、誰もがそういった社会を望んでいるはずです。そして、格差があってはならないとも。
しかし、渋沢栄一は、富を平等に分配すべきという考えは空想でしかないと語っています。
富の分配平均などとは思いも寄らぬ空想である。
要するに富むものがあるから貧者が出る
というような論旨の下に、世人がこぞって
富者を排滓するならば、いかにして
富国強兵に実を挙ぐることが出来ようぞ。
(192ページ)
富を平等に分配するべきだと主張するのは、けしからんということですね。
ここだけを読むと、渋沢栄一は、封建主義が理想の社会だと言ってるように思いますが、そういうことではありません。富を平等に分配すべきだと主張する人の考え方の背景には、裕福な人がいるから貧しい人が生まれるのだというものがあります。そのような考え方で、社会から裕福な人を排滓(はいさい)したらどうなるでしょうか?
きっと、貧しい人しかいない社会になるでしょう。裕福な人を排除すれば、格差がない豊かな社会が築けるわけではありません。
弱い立場の人の救済策は?
では、特定の人だけが裕福で、それ以外の人は貧しい社会の方が良いのでしょうか?
決してそのようなことはありません。先述しましたが、弱肉強食のような競争を渋沢栄一は望んでいません。弱い立場の人は、当然、救済しなければならないと渋沢栄一も考えています。
弱者を救うは必然のことであるが、
更に政治上より論じても、(中略)
成るべく直接保護を避けて、
防貧の方法を講じたい。
(194ページ)
弱い立場にある人を直接守るよりも、貧しさをなくす方法を考えることが大切です。
成功者と呼ばれる人は誰でも、自分一人の力で成功したのではありません。身近な人の協力、地域社会や国といった土台があるからこそ成功できたのです。どんなに秀でた能力を持っていても、協力者がいない、それどころか、安全も安心もない社会だったら、その能力を発揮することはできません。
だから、成功者と呼ばれる人々は、国や社会から少なからず支援を得ていると言えるのですから、その恩返しとして、弱い立場の人々を支援しなければならないのです。
とは言え、ただお金を恵むようなことをすべきではありません。そのような援助は、人を堕落させるだけです。なので、成功者と呼ばれる人は、弱い立場にある人が、自らの力で豊かになれるように支援をすることが大切です。
道徳という土台がしっかりしているから利益が生まれる
ビジネスの世界では、利益を追求していかなければなりません。
利益は、果実とも言われます。
果実は、木の枝になります。たくさんの果実が成るためには、枝がしっかりしていなければなりません。しかし、幹が弱々しければ、枝は丈夫に育ちません。また、幹が丈夫に育つためには、大地に根が力強く張り巡らされてなければなりません。
でも、樹木の根は、外からどうなっているのかは見えません。ある日、台風で木が倒れたとしたら、その木は、根が弱かったということになります。反対にどんなに強い風でも倒れなければ、根がしっかりと張り巡らされている木だとわかります。
これは人も同じです。
道徳を欠いては、決して世の中に立って、
大いに力を伸ばすことはできない。
農作物でもさようである。
肥料をやって茎が伸び、大きくなるにしたがって
これに相応して根を固めなければならない。
しからざれば風が吹けば必ず倒れる。
実が熟さぬ中に枯れてしまう。
(246ページ)
人がビジネスで成功して利益を得るには、ビジネスという木を丈夫に育てるために道徳という根を大地にしっかりと張り巡らさなければなりません。
根が弱い木が、ある日、強風で倒れてしまうのと同じように道徳を持たずしてビジネスを始めても、ある日、突然ダメになってしまうものです。
一時的な儲けではなく、永続的な繁栄を築こうとするのなら、道徳という根を太くたくましく育て、足元をしっかりと固めなければならないのです。
昔の人は、いいことを言うなと感心しますね。
- 作者:渋澤 健
- 発売日: 2007/04/19
- メディア: 単行本