ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

その議論に論拠は示されているか

議論というと大げさですが、誰でも日常会話の中で、他人と意見がぶつかることは、しばしばあります。

例えば、職場の同僚と昼食を食べる際にどのお店に行くかを話し合うような場面。議論というほどではないですが、お互いに自分の主張を述べ、なぜその店に行くべきか根拠を提示して、最終的に多くの人が納得したお店に決めていることと思います。

この時、根拠として示された内容には、論拠が示されていない場合があります。根拠も論拠も同じ意味だろうと思うでしょうが、両者は異なる概念です。そして、昼食のお店を決める程度の話し合いから、取締役会での重要な議論にいたるまで、論拠が示されずに結論が導かれることがあります。

議論のルールを学ぶ人は少ない

何事にもルールが設けられているもので、議論にも一定のルールがあります。

ところが、多くの人は、議論のルールを学ぶことなく大人になっています。中学校のホームルームで、何かを決めるための話し合いをした人は多いはずですが、その際、担任の先生から議論のルールを教えてもらったでしょうか。中には、議論のルールを学んだ人もいるでしょうが、国会中継やテレビの討論番組で、議論のルールに則って話し合っている光景を見ることが少ないので、きっと、ほとんどの人は議論のルールを学んでいないと思います。

そんな議論のルールを学ぶことなく大人になった人たちに役立つのが、認知神経心理学を専門とする福澤一吉さんの著書『新版 議論のレッスン』です。

例えば、先ほどの昼食の話で、「①今日のお昼はカレーにしよう」と提案した人がいたとします。そして、その理由として、「②だって、昨日はラーメンだったじゃない」と述べたとしましょう。

この場合は、①は主張または結論で、②が前提または根拠となります。したがって、上の例では、昨日はラーメンを食べたことを根拠として、今日はカレーにしようと主張していることになります。このような発言を論証といいます。

結論/主張を、何らかの根拠によって裏付づようとする行為を「論証」と言います。一般的に言うなら論証とは「根拠 だから 主張」の形をとります。また、論証において前提/根拠から結論/主張を導くことを「導出」と言います。(27ページ)

そして、議論とは、論証を基礎単位として話し合うことと定義されます。

日常会話では、この論証を行っていることはよくありますから、誰もが意識していなくても日ごろから議論をしていることになります。たとえ相手がいなくても、自分自身でする意思決定も議論と言えます。

論拠は隠れていることがある

議論では、自分の主張に対して根拠を述べる必要があります。でも、根拠を述べるだけでは不十分です。

例えば、「山田さんは今日は欠席するはずです。なぜなら、風邪をひいたから。」と言った場合、最初の文は主張であり、後の文が根拠となっています。この文章では、根拠が示されているので、その主張に納得できると考える人が多いのではないでしょうか。

しかし、よく文書を読むと、風邪をひいたら、なぜ欠席するのかという疑問がわいてくるはずです。そんなの当り前だと思うでしょうが、ここが論証にとって大切なところです。風邪を引いた場合に欠席しなければならない理由には、以下のようなものが考えられます。

  1. 職場の同僚に風邪を移す危険がある。
  2. 風邪は病気なのだから、安静にして治さなければならない。
  3. 風邪なのに無理して働けば、もっと病気が悪化する危険がある。



欠席するだろうとの主張に対する根拠は、「風邪をひいているから」でしたが、そこには暗黙の仮定として、上のような理由が隠れているわけです。このような暗黙の仮定を論拠といいます。この論拠まで示すことが議論では必要になるのですが、しばしば論拠は隠れていることがあり、明示されずに議論が進んでいく場合があります。

論拠は経験的事実に基づくこと

論拠が出てこなければ、提示した根拠を相手に理解させることができないかもしれません。風邪をひいているという根拠だと、常識的に仕事を休むべきだと多くの人が思っているので、わざわざ論拠を示さなくても議論に支障は出ません。

しかし、すべての根拠が、常識で考えればわかるものではありません。だから、議論では論拠まで示さないと、自分の主張を相手に納得してもらうことはできません。

また、論拠を示すといっても、それが、自分の意見では相手を納得させることはできません。論拠としては、経験的事実を示すことが必要です。ここで経験的事実とは、それが正しいことが認められ確定している事実、経験によって確かめることが可能な事実を意味します。経験的事実は、最も安定性のある根拠となるので、議論では、経験的事実を論拠とすべきです。


人間は、なぜ酸素を吸うのか。それは、酸素を吸わなければ生きていけないからです。では、なぜ、酸素を吸わないと人間は生きていけないのか。それは、人間が活動に必要なエネルギーを作り出すために酸素が必要になるからです。


人間が、酸素を利用してエネルギーを作り出すことは生化学で証明されています。だから、これは経験的事実です。「酸素を吸わないと苦しいから」というのも経験的事実と言えますが、論拠としては弱いですね。


我々は、論拠を示すことなく議論をしていることが多いです。議論の後に何かしっくりとこないなと感じる場合には、議論の中で論拠が示されていたかどうかを振り返ってみましょう。根拠は示されていても、論拠は示されていなかったかもしれません。

議論のルールを知っていると、文章を書く場合にも役立ちます。ブログやSNSで情報を発信している方も、『新版 議論のレッスン』で議論のルールを学んでおくと、説得力のある主張ができるようになりますよ。