ウェブ1丁目図書館

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価格決定権をメーカーが持たなければ生活者の暮らしが良くなる

現在、スーパーでも家電量販店でも、同じ商品でありながら異なる価格で販売されていることがあります。むしろ、店頭価格が異なっていることが当たり前とも言えます。

でも、昔はメーカーが決めた価格で小売店は販売しなければなりませんでした。つまり、価格決定権を流通ではなくメーカーが握っていたのです。

それが、今では、法令に違反するような不当競争にならなければ、価格を小売店が決めて自由に売ることができますし、インターネット上に価格比較サイトやオークションサイトまで出現して、商品をいくらで買うかを消費者が決めれるようにもなっています。

このような消費者側が優位に立って買物できる状況を作ってくれたのは、ダイエーの創業者である中内功さんです。

消費者とは生活者

中内さんは、消費者という言葉を嫌っていました。「中内功語録」によると、消費者という言葉は、「作った物を買わせ、使わせる立場から発せられた都合のいい言葉」に聞こえるからです。

だから、中内さんは一般的に消費者と呼ばれている人々を生活者と呼んでいました。でも、消費者なら誰でも生活者というわけではありません。中内さんが言う生活者とは、「真面目に一生懸命働いて、考えながら生活している大衆」のことであり、その生活者こそが消費の主人公だとも述べています。

「世の中には真面目に働いて生活している人が4000万(世帯)はいる。ダイエーの品物は、そういう人たちに買ってもらえばいい。ダイエーだって宝石は置いているが、そういう人たちに買ってもらえるような宝石しか置いていない」
(85ページ)

中内さんが、このような考え方を持つようになったのは、自らの戦争体験によるところが大きいようです。兵士としてフィリピンに向かい、そこで食べるものがなく飢餓状態で戦わなければならなかった状況から生還した中内さんは、復員後、神戸三宮でヤミブローカーとなります。

後にダイエーを創業し、徹底した安売りをするようになるのですが、その安売り戦略の背景にあるのは自身の戦争体験でした。誰もが安くでお腹いっぱい食べれる社会を築くという理念こそが、中内さんの安売りの原点だったのです。

メーカーとの戦い

しかし、中内さんの安売り戦略の前にメーカーの厚い壁が立ちはだかります。

戦後から高度経済成長期までは、メーカーの発言力が非常に強く、流通はメーカーに従って商売をするのが当たり前でした。そのため、流通業者は、洗剤のような日用品からテレビなどの高級な電化製品まで、メーカーが決めた価格で商品を販売しなければなりませんでした。だから、当時、お店に並んでいた商品の値札には、メーカーが決めた「定価」が記載されており、どのお店に行っても同じ値段で商品を買うのが当たり前だったのです。

このような状況におかしさを感じた中内さんは、ダイエーで定価よりも安く商品を販売するようになります。

ところが、ダイエーのやり方に不満を持ったメーカーは、自社製品を安売りさせないように圧力をかけます。ダイエー松下電器産業(現パナソニック)の新型テレビを定価よりも安くして店頭に並べたら、開店後すぐに松下の従業員が買い占めて、生活者が安くで新型テレビを変えないようにしたという話があるくらいですから、ダイエー対メーカーの戦いは熾烈なものだったのでしょう。

39年には松下電器から電気製品の安売りをめぐって出荷停止にされると、42年には自らテレビを作り格安価格で販売して抵抗。40年には花王から出荷停止をされると公取委に訴え、10年間にわたって争いが続けられた。松下にしても花王にしても、当時のダイエーから見れば大メーカーであり、正面から戦える相手ではない。しかし、中内は自分が間違っていないという自信から敢然と勝負を挑んだのである。
218ページ)

今の時代にメーカーがこのような圧力を流通業者にかければ、マスコミに大きく叩かれ、メディアでその不当性が喧伝されるでしょう。現代の生活者の感覚では、当時のメーカーのやり方に違和感を感じるはずです。


電化製品はアフターサービスが必要だからメーカーが価格を決定すべきだと言うのに対して、中内さんは、「アフターサービスがいる商品は欠陥商品」だと言い返します。そして、家電メーカーのクラウンと提携して自社ブランドのカラーテレビの販売を始めました。

有名メーカーの同型テレビと比較して4割ほど安かったダイエーのカラーテレビは、熱狂的な人気を博したとのこと。

しかし、メーカーと敵対するダイエーと提携したクラウンは、その後、部品供給で締め付けを食らい、昭和46年のニクソン・ショックもあって経営が一気に悪化しました。結局、ダイエーはクラウンを救済するために傘下に引き入れ、13年間に渡って面倒を見ることになります。

豊かさとは生活者に選択権があること

高度経済成長後の日本は豊かになりました。現在では、日本に住んでいて餓死することは滅多にありません。

しかし、見た目には豊かに見えても、本当に豊かだとは言えません。中内さんは、バブル期の豊かさは政府やマスコミが作った幻だと述べています。

遠距離通勤、ローン返済のために主婦がパートに出る。

物が溢れかえっていても、このような生活が真の豊かさと言えるのでしょうか?

「本当の豊かさというのはモノを選べることでしょう。食べる自由があって食べない自由がある。隣の人が買ったから自分も買おうかなんていうのは、豊かさとは言えないのではないかな。単なる波及効果。隣の人は車を買ったけど、うちは買わんとこう、これが豊かさです」
(169ページ)

現代では、若者が物欲を失っていて、車などの高価な製品が売れなくなっていると言われています。でも、中内さんの考え方からすると、友人は車を買ったけど自分には必要ないから買わないという若者が増えただけであり、彼らは本当の豊かさに気づき始めているのかもしれません。

製品が売れないことに嘆いているメーカーは、真の豊かさに気づいていないのでしょう。昔のようにメーカー主導で価格を決定し、店頭に並べることができれば、業績が低迷している家電メーカーも売上が伸びるかもしれません。

しかし、そういった供給サイドの思惑が優先することに中内さんは怖さを持っていました。

力のある国は植民地を作り、植民地から原材料を収奪して製品を植民地に売りつけることになってしまう。第二次世界大戦というのは、要するに石油の奪い合いでしょ。ドイツも日本も石油がない。日本はABCD包囲網を敷かれて、一か八か真珠湾を奇襲せざるを得なかった。石油さえあったら日本は太平洋戦争をやってませんわな。いかに流通が恐ろしいかと身にしみます
226ページ)

まさに戦争体験者である中内さんの言葉ですね。

19世紀や20世紀の戦争は、メーカーが作った物を一方的に売りつけるようなことを各国がやってきたことが、ひとつの原因ではないでしょうか?

そこには生活者の意思は全く反映されていません。


中内さんは、規制緩和も主張しており、関税の撤廃についても述べています。生活者の立場からすれば、牛肉や豚肉に高い関税がかかっているのは不利益でしかありません。

安い食肉が国内で流通し過ぎると国内生産者が打撃を受けるというのが、高い関税を維持しようとする政府の見解です。しかし、一方で、食糧自給率が40%もないのに海外の富裕層に売ることを目的にブランドを冠した和牛を育てているのですから、国内生産者の保護という言葉に違和感を覚えます。


現在では、流通業者の発言力が増し、価格決定権も彼らが握るようになっています。定価からオープン価格に移行したのも、ダイエーが徹底的に値下げを行ってきたからです。

しかし、流通業者が強い力を持つと、今度はメーカーや食糧生産者が買い叩かれ始めます。それはそれで、力が流通業者に移っただけなので、あまり好ましいことではないですね。

中内さんは、流通業者が生活者から情報を受信し、それをメーカーに渡すことが大切だとも述べています。すなわち製販同盟です。それが実現すれば、力がメーカーにだけ、流通にだけ集中する危険はなくなり、今以上に生活者の暮らしが良くなりそうです。