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ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

人口増加がもたらす経済への悪影響

経済

我が国の近代以降の経済発展は、人口増加に依存する部分が大きかったとされています。そのため、今日の不景気は人口増加率が鈍化したことが原因だと言われています。

確かに子供がたくさん生まれて、人口分布がピラミッド型になっている方が、消費を拡大できて経済が安定的に成長するように思えます。しかし、人口増加が常に経済発展に良い影響を与えるとは限りません。

人口増加に大きな影響を与えるのは死亡率の低下

ところで、これまでの世界人口の増加はなぜ起こったのでしょうか?

この問いに対して、出生率が上昇したと言う人がいますが、そうではありません。世界人口の増加は、死亡率の低下によってもたらされたのです。

死亡率は、戦争の終結、感染症の克服といった理由で低下します。産業革命の頃、西洋諸国がアフリカを植民地化したことで、アフリカ大陸の人口が減少しました。ヨーロッパから持ち込まれた天然痘、奴隷狩りや戦争が、その原因です。

国際経済学を専攻する西川潤さんは、著書の「世界経済入門 第三版」で、19世紀初めのイギリスの人口の急増は経済発展によるものだとする経済学者マルサスの論を紹介しています。経済発展と人口増加を結びつけたマルサスは、そこから人口増加は、食料のカベによって阻まれ、貧困、飢餓など色々な災厄を引き起こすと提唱しました。

しかし、マルサスは、以下の2点を見落としています。

  1. 人口は所得の増加によって増える。所得の増加は、栄養や衛生状態の改善をもたらし、人びとの期待寿命を延ばし死亡率を下げた。すなわち、人口増加は「子どもを生む性向」の増大によるものではない。
  2. 19世紀のイギリスでは、資本主義の形成と発達とともに農村の囲い込み運動が加速し、土地を失った農民たちが都市に流入した。つまり、人口膨張と見えたのは、農村から都市部への人びとの移動によって、都市部が相対的に人口過剰になっただけだった。


食糧生産量の増加が、人口を増やしたという人がいますが、実際はそうではありません。死亡率の低下が人口増加をもたらしたのです。多くの食料があれば人口を増やせるのなら、日本の少子化に歯止めをかけることは簡単です。海外から食料を大量に輸入すればいいだけです。

2億人分の食糧を輸入すれば、国内生産分と合計して2億5千万人分の食料を確保できます。しかし、食べ物が溢れているから子供を生もうと思う人がどれくらいいるでしょうか?食べ物が増えれば人口が増加するのであれば、政府は減反政策を行わなかったはずです。

人口転換

人口に影響を与えるのは、出生率と死亡率です。

出生率の上昇と死亡率の低下は人口を増加させます。反対に出生率の低下と死亡率の上昇は人口を減少させます。

ヨーロッパが経験してきた人口増加の歴史は、多産多死、多産少死、少産少死です。

貧しい時代には死亡率が高いので人口を維持するためには高い出生率でなければなりません。つまり、たくさん子供を生み、たくさん死んでいく多産多死型社会です。その後、産業が発達して豊かになった社会では、栄養や衛生面での改善が見られ人は死ににくなります。多産少死型社会の到来です。この時に人口は急激に増えます。

しかし、所得の上昇、核家族化、社会保障の充実、家族計画思想の普及などの原因により出生率が抑えられるので、人口増加率は低下し始めました。人が死なない社会では、たくさん子供を生む必要性がありませんから少産少死型に向かいます。

このように多産多死から多産少死を経て少産少死型の社会に移行していくことを人口転換といいます。

人口増加は経済的理由か本能的理由か

21世紀の先進諸国では、少産少死型社会となっており、人口が安定しています。

しかし、発展途上国では、今もなお高い人口増加率となっています。発展途上国の人口増加が続けば2050年には世界人口が90億人程度まで増加するという予測もあるので、しばらくは世界人口の増加が続くと思われます。

現在も発展途上国は、多産少死型社会から少産少死型社会に向かう過程にあります。人が死ににくくなっているのに多くの子供を生むことに対して、経済的理由から説明されることがあります。途上国の都市スラムや農村では、子供たちも重要な労働力とされているので、貧しい家庭では子供を多く生まなければ生活できないというのがそれです。

また、多産を本能的な問題ととらえる考え方もあります。貧しい国では、老後の保障のために子供が多くなければ不安です。また、内戦が頻発している国では、いつ自分の子供が犠牲になるかわかりませんから、より多くの子供を生もうという動機が働きやすいと考えられます。つまり、不安定な社会での多産は、家族維持の本能に根差していると考えられるのです。

これらの理由から、貧しく、公共政策も欠けている社会では「子どもを持とうとする性向」は必然的に高く、これを引下げるためには経済社会全般の発展が不可欠であることがわかる。
(86ページ)

しかし、発展途上国の人々が多産によって生活防衛をしようとすればするほど経済発展を妨げます。人口増加の速度が速いと、それだけ資本蓄積に回す経済余剰が食いつぶされてしまうからです。

ある年にある国民経済で、国内総生産の二十%が投資され、資本係数(ある一定の投資でどれだけ産出が増加するかという比率)が四とすれば、五%(20%÷4=5%)の経済成長が実現する勘定になる。しかし、この場合にもし人口増加率が二%であれば、この経済の実質成長率は三%であるし、また前者が三%であれば成長率は二%でしかなくなる。
このように資本蓄積の源泉が食いつぶされると、国内の雇用問題や外国からの債務累積問題などが深刻化することになる。中国が一人っ子政策をとり、かなりの程度強権的に人口増加を抑えているのは、資本蓄積、先進国へのキャッチアップを優先する政策によるものと考えられる。
(87ページ)

多産少死型社会では、爆発的な人口増加が起こります。しかし、労働力にならない子供の数が増えるのですから、費用ばかりが増加し利益は増えません。利益が増えないのですから、国の税収も増えません。そうすると、福祉に回す資金を借金で賄わなければならず、海外からの債務残高が増えてしまうのです。

このような悪循環を断ち切るためには、少産少死型社会に速やかに移行しなければなりません。中国の一人っ子政策を愚かな政策だと批判するのは短絡的発想ではないでしょうか。

日本人は心の豊かさを求めている

21世紀に入り、日本人は物の豊かさよりも心の豊かさを大切にし始めています。

内閣府大臣官房政府広報室『月刊世論調査』平成15年11月号によると、心の豊かさを求めている日本人の割合は60%に達しており、物の豊かさを求める割合は29%でしかありません。大量生産された製品を喜んで買うのは、多産少死型社会のような人口が急速に増え続ける社会です。しかし、現在の日本は物質的に満たされた社会なので、大量生産された製品を買うことでは幸福感を得られません。

少子化が不景気の原因だと言われますが、少産少死型社会は高度に経済発展した社会なのですから悲観すべきことではないでしょう。むしろ再び多産少死型社会になった方が、経済余剰が生まれなくなり日本人全員が借金に追われる生活をしなければならなくなるかもしれません。

人口増加政策は、心の豊かさを求める現代日本人の理想と逆行する政策なのではないでしょうか。

人間の基本的な必要が充たされているにもかかわらず、貪欲に富を求める生き方は、自分を見失う恐れがありはしないか。モノは豊富でも、私たちの心はかえって貧しくなっているのかもしれない。アメリカのように、富裕さのなかで人々が、みえない的に絶えずおびえる姿からは、けっして幸福な社会は感じられない。私たちが、自分たちの心の中の貧困に気づき、個々人の生き方の幅を広げ、自由な選択を重視していくとき、そこに新しい豊かさや社会の質的な発展の方向が開けてくるのではないか。
(231~232ページ)

新・世界経済入門 (岩波新書)

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