20世紀末から爆発的に世界中に普及したインターネット。21世紀の現在では、インターネットなしで成り立つ仕事は少なくなり、どの企業もほとんど選択の余地なく職場の業務にインターネットを活用しなければならなくなっています。
当然、インターネットは企業にとって多くの利点があるから利用されています。インターネットは、経済だけでなく社会の発展にも大きく貢献しており、今後もインターネットの進化でより便利により快適に社会が変わっていくことでしょう。
インターネットと距離の死
インターネットが社会を大きく変えた理由の一つは、情報伝達の速さです。
情報とは、ある物事についての「知らせ」あるいは「状況報告」のことで、政治、経済、文化、日常生活のあらゆる場面で伝達されています。その伝達のスピードが、インターネットの登場で、これまでの口伝、紙媒体の新聞や雑誌とは比べ物にならないほど速くなっています。
経済企画庁長官をされていた宮崎勇さんと日本銀行政策委員会審議委員であった田谷偵三さんの共著「世界経済図説第二版」は、2000年に出版されたのですが、そこには、これからのインターネットへの期待と社会的影響について述べられています。
同書には、「Eメールやインターネットの爆発的利用によって、経済的な空間距離、時間距離が短縮し、発信と受信が同時化して『距離が死んだ』」という記述があります。確かにインターネットの普及で、人々は、まったく動くことなく遠くの誰かに情報を発信できるようになりました。また、受信に待つ時間も大幅に短縮され、双方向に情報が飛び交うようになっています。このような便利な道具を商売に活かさない手はありません。
その結果、経済面では金融取引の形態が一変し、金融商品も多様化した。為替取引も株取引も情報が瞬時に伝わるため、取引の判断・決断も即決が迫られ、遅れるほど商機を逸してしまう。物流面でも取引の高速化と大量輸送化を促し、従来のような商品の在庫調整の性格が変化し、ひいては企業経営のあり方や産業構造全体の変化をもたらした。
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インターネットは社会をより民主的により公正にする
インターネットが、情報伝達の速度を著しく速めたことで、社会への情報の広まり方も変わりました。インターネットがなかった時代では、発生した情報は、一部の人にしか伝達されませんでした。もちろん、テレビのニュースで大きく報じられる事件は多くの人々に知られます。
しかし、大手メディアが報じなかった情報は、一部の人々の間にしか伝わりません。それは、大手メディアの目で重要でないと判断された情報が、闇に葬られていたのと同じです。中には、拡散されなかった情報を知ることで利益を得た人もいたでしょう。
ところが、インターネットが普及すると、これまでは一部の人しか知ることのできなかった情報を他の人々も入手できるようになりました。特に政治の世界では、従来よりも民主化が進むようになっています。
それは従来権力の源泉であった情報独占を大きく崩すことにもなろう。とくに、政治の面では、”官僚の情報独占”が失われ、”知らしむべからず、寄らしむべし”の政策態度はとることができなくなってきた。その限りでは、民主主義を前進させる要因である。
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21世紀の革命が、インターネットによる情報伝達が端緒となっているのを見ると、情報の拡散力に優れた媒体が民主主義を前進させるという主張は納得です。
また、インターネットは、生産者と消費者の間の情報格差も縮めています。食品偽装、食べ物への異物混入など、消費者に不利益を与える情報も、近年、インターネットで多くの人々に伝達されるようになりました。企業がガラス張りの部屋で衆人環視のもと、事業を営まなければならなくなったと言えるでしょう。
一般企業も同様で、公正で透明な情報公開によって競争がフェアになり、消費者の立場が強められることになろう。
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意図しない情報発信
しかし、インターネットの普及は良い面ばかりではありません。
誰もが簡単に多くの情報を知れるようになったことは、自分が意図していないところで自身の情報が発信される危険性もあります。個人情報の漏えい問題が、まさにそれです。
人には、知られたくない情報があります。しかし、その情報をどうしても特定の人に教えなければならない場合があるでしょう。そのような他人に知られたくない不都合な情報が、インターネット上に置かれたサーバーに保管されれば、外部からの侵入により漏えいする危険があります。そのため、事業者には個人情報の取り扱いを厳格にすべきことが要請されていますが、多くの企業で情報漏えいが発覚しています。
インターネットを利用できない不都合が大きくなる
インターネットの普及が加速すると、多くの人が様々な情報を素早く入手できるようになります。そして、その情報を活かして仕事をし、お金を稼ぐ人も出てきます。
情報に経済的価値があることは昔からわかっていましたが、インターネットは、情報の入手に必要な費用を極端に少なくし、多くの人々が同じタイミングで情報を入手できるようにしました。これは、一部の人だけが情報を入手して他者を出しぬくことをできなくし、取引の公正性を高めました。
しかし、公正性を担保されているのは、あくまでインターネットを利用できる人々だけです。現代のように多くの人々にインターネットが普及した時代でも、インターネットを利用できない環境にいる人はまだまだたくさんいます。この状況は、特定の人だけが圧倒的な弱者になることを意味しています。
インターネットが普及した情報化社会で圧倒的弱者を生み出さないようにするには、全ての人にインターネットを利用できる環境を整備しなければなりません。義務教育でも、インターネットの利用の仕方を教えなければならないでしょう。
また、インターネットの出現で、情報が国境を容易に越えれるようになっていますから、多言語教育も必要になります。ただし、多くの言語を国民全員に学ばせるのは困難ですから、当面は英語教育に力をいれることになるでしょう。しかし、そうやって多くの国の人々に英語を強いるのは、その国の言語を捨てさせることにもなります。
昔、日本は朝鮮半島の人々に権力によって言語を捨てさせようとし、民族の歴史や文化を破壊しようとしました。同じことが、インターネットが普及した現代では、札束で頬をひっぱたくようなやり方で行われているとも言えなくありません。
特定の言語を強制的に使用させることも禁止することも事実不可能である。それだけに使用語「格差」、語学習得の問題など検討すべき課題も多い。
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