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ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

生命は流れている

生物

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。

これは鴨長明方丈記の始まりです。流れる川は同じように見えても、水は一箇所にとどまっていないので同じような流れであっても、元の水がそこにとどまっているわけではありません。

方丈記の始まりの部分は、川だけに当てはまるのではなく人間社会の移り変わりにも当てはまります。そして、人間社会を構成している個人にも当てはまり、さらに言えば生けるものすべて、すなわち生命にも当てはまります。

気づかない間に変化し続けている生命

我々の体は、昨日と今日で見た目に変化を感じることはほとんどありません。髪が伸びるとかそういう変化はあっても、腕は腕だし足は足です。

ところが、我々の腕や足は気づかない間に変化し続けているのです。分子生物学を専門とする福岡伸一さんの著書「生物と無生物の間」に20世紀の科学者シェーンハイマーの興味深い実験が紹介されています。

大人のネズミは成長する必要がないので食べたものは生命維持のためのエネルギーとして利用されるに違いない、そう考えたシェーンハイマーは、ネズミに与えるエサにちょっとした加工を施しました。普通の窒素ではなく重窒素で標識されたロイシンというアミノ酸をエサに加え、ネズミがそれを与えます。実験前は、ネズミの体内でエサがエネルギー利用されると、アミノ酸に含まれる重窒素の燃えかすはすべて尿中に出現するに違いないと考えていましたが、結果はシェーンハイマーの予想を裏切るものでした。

重窒素で標識されたアミノ酸は三日間与えられた。この間、尿中に排泄されたのは投与量の27.4%、約三分の一弱だけだった。糞中に排泄されたのはわずかに2.2%だから、ほとんどのアミノ酸はネズミの体内のどこかにとどまったことになる。
(158ページ)

与えられた重窒素の56.5%は、タンパク質として身体に取り込まれたのです。しかも、取り込まれた重窒素は、腸壁、腎臓などの臓器や血清と様々な場所に分散していました。最も消耗しやすい筋肉タンパク質への重窒素取り込み率は、これらよりもはるかに低いこともわかりました。

この実験でわかったのは、ネズミが食べた重窒素アミノ酸は、もとからあった身体のタンパク質と置き換わるということです。それは、生命は常に流れるように体の一部を置き換えながら維持されているということであり、福岡さんは、これを動的平衡と呼んでいます。

脂肪組織でさえ流れている

タンパク質は身体を構成する重要な栄養素なので、古くなったタンパク質が食事から摂取した新しいタンパク質と置き換わることは何となく理解できます。

しかし、誰もが燃料だと考えている脂肪でさえも常に置き換えられているのです。シェーンハイマーは、アミノ酸だけでなく脂肪の動きも調べました。そして、動物は体重が減少していても、消化・吸収した脂肪の大部分を体内に蓄積していることがわかったのです。

それまでは、脂肪組織は余分のエネルギーを貯蔵する倉庫であると見なされていた。大量の仕入れがあったときはそこに蓄え、不足すれば搬出する、と。同位体実験の結果はまったく違っていた。貯蔵庫の外で、需要と供給のバランスがとれているときでも、内部の在庫品は選び出され、一方で新しい品物を選び仕入れる。脂肪組織は驚くべき速さで、その生命体の中を流れ、通りぬけているのである。
(162ページ)

我々の体は、一つの個体のように見えますが、実は川の流れのように常に分子の入れ替えが起こっているのです。この流れこそが生きている証なのかもしれません。

生命の流れを一定に保とうとするなら、支出と収入が一致していなければならないでしょう。脂肪組織では、余剰の蓄積ができ、ある程度の飢餓に備えられますが、タンパク質は貯めることができません。だから、タンパク質が欠乏すると、生命の流れが弱くなってしまいます。シェーンハイマーは自らの実験結果に対して以下のように述べています。

生物が生きているかぎり、栄養学的要求とは無関係に、生体高分子も低分子代謝物質もともに変化して止まない。生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である。
(164ページ)

生命の流れは無秩序化へと向かう

我々が生命活動を維持するためには、そこに何らかの秩序がなければならないでしょう。その秩序を守っているのが動的平衡だとして、それは永遠に継続するのでしょうか?

すべての物質は、秩序があっても、それをずっと維持することはできず無秩序化へと向かって進んでいます。エントロピー(乱雑さ)増大の法則と呼ばれていますが、この法則は生命にも当てはまると考えられます。生物が老化し、死を迎えた時、生命は無秩序化します。その無秩序化から逃れるため、生命は動的平衡を保とうとしているのかもしれません。

つまり、エントロピー増大の法則に抗う唯一の方法は、システムの耐久性と構造を強化することではなく、むしろその仕組み自体を流れの中に置くことなのである。つまり流れこそが、生物の内部に必然的に発生するエントロピーを排出する機能を担っていることになるのだ。
(167ページ)

生命は流れ続けている限り維持されるでしょうが、その流れを維持するためには身体を構成する部品を絶え間なく壊し続けなければなりません。そして、新しい部品と交換するのですが、その部品は以前と全く同じものではなく、どこかに欠陥があるのでしょう。その欠陥の蓄積が老化であり、部品交換できなくなった時点で生命は死を迎えるのかもしれません。

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

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