ウェブ1丁目図書館

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人為的共食いが惹き起こした伝達性スポンジ状脳症

伝達性スポンジ状脳症。

致死率100%の恐怖の病気です。狂牛病クロイツフェルト・ヤコブ病などは、伝達性スポンジ状脳症に含まれます。2000年代初頭にアメリカの牧場で牛が感染したことから日本国内へのアメリカ産牛肉の輸入が禁止されたことがあったので、この病気の恐ろしさを知っている人は多いことでしょう。

伝達性スポンジ状脳症が広まった原因とされているのは、イギリスの牧場で牛たちに与えられていた肉骨粉です。

見えない共食い

伝達性スポンジ状脳症は古くから知られていた病気ですが、高齢者が発症すること、発症する可能性が100万人に1人程度であることから非常に珍しい病気で、医療従事者以外でこの病気を知る人はほとんどいませんでした。

それが、21世紀に入ってから日本国内では知らない人の方が少ないのではないかと思えるほど、多くの人が知るようになりました。伝達性スポンジ状脳症という言葉は知らなくとも、BSE狂牛病)という言葉はほとんどの人が聞いたことがあると思います。

伝達性スポンジ状脳症は、異常型プリオンタンパク質が原因とされています。ちなみにプリオン説を提唱したプルシナーは、これでノーベル賞を受賞しています。


伝達性スポンジ状脳症が広まった経緯については、分子生物学者の福岡伸一さんの著書「プリオン説はほんとうか?」で簡単に説明されています。発症原因は、一言で言うと、牛に共食いをさせたことです。

1980年代にイギリスで発生した狂牛病にかかった牛のうち、8割が乳牛でした。そこで、乳牛に与えられている飼料を調査してみると、どうも肉骨粉が怪しいとなりました。肉骨粉とは、羊、牛、豚などの家畜から食用肉を取り除いた後、残っている部位を加工した飼料です。この肉骨粉を牛に食べさせたのですから、人間が牛に間接的に共食いを強要したことになります。

肉骨粉を飼料として牛に与えた理由には、家畜死体の処理を牧場でするのは手間がかかること、乳牛に与える飼料は牛乳よりも安価な物でなければ採算が取れないことが挙げられます。早い話がコスト削減を優先して粗悪な飼料を与えた結果、BSEを発症する牛が増えたのです。おそらく、肉骨粉の中に伝達性スポンジ状脳症を発症していた家畜の死体が混ざっていたのでしょう。

草食動物であるはずの牛は、実は、人為的に食物連鎖を組み換えられて肉食を強いられていたのだった。しかも、こともあろうに同種の動物の肉を。これは見えない共食いといってもいい。経済効率を最優先した食物連鎖の局所的な組み換えである。
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狂牛病の原因が肉骨粉にあるとわかったことで、イギリス政府は肉骨粉を家畜に与えることを禁止します。これで狂牛病の拡大は収まりました。しかし、狂牛病は人間に感染しないという誤った認識があったことから、後に犠牲者が出ることになりました。

温存されたレンダリング産業

死んだ家畜をリサイクルして肉骨粉を作ることをレンダリングと言います。

狂牛病の原因が肉骨粉にあるとわかったことで、イギリス政府は1988年7月に肉骨粉を反芻動物にタンパク質飼料として使用することを禁止します。しかし、使用禁止になったのは国内だけだったので、レンダリング産業は国外に肉骨粉の販路を求めました。

レンダリング産業はそのまま続行され、使用禁止にともなってだぶついた肉骨粉は、国外へその販路を求めた。肉骨粉の輸出について、イギリスは当初、何の規制も行わなかった。そのため、危険な肉骨粉は、ヨーロッパに流れ、ヨーロッパ諸国が輸入を禁じた後、香港を拠点にアジア諸国、あるいはカナダ、米国へと広がっていった。
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原発事故を起こしたどこかの国が原発を輸出しているのと同じようなことが、イギリスでも行われていたのです。

タンパク質単独犯行説

さて、肉骨粉を与えられた家畜たちが伝達性スポンジ状脳症を発症したわけですが、いったい肉骨粉の何が問題だったのでしょうか?

プルシナーが提唱したプリオン説は、異常型プリオンタンパク質が増殖することで伝達性スポンジ状脳症が発症するというものです。異常型プリオンタンパク質は遺伝子を持っていません。遺伝子を持っていないとタンパク質は自己増殖できないはずなのですが、異常型プリオンタンパク質は遺伝子なしに増殖可能です。

正常型プリオンタンパク質が異常型プリオンタンパク質と出会うと異常型に変わってしまいます。異常型が、さらに正常型を異常型に変えていく連鎖が起こり、それらが脳に蓄積。やがて、脳にたくさんの空胞ができる伝達性スポンジ脳症を発症します。

もしも、伝達性スポンジ状脳症がウィルス感染であれば、放射線を使ってウィルスの核酸を攻撃し破壊してしまえば増殖を防げます。しかし、異常型プリオンタンパク質は核酸を持たないので、放射線を当てて破壊することはできませんし、増殖を食い止めることもできません。

この病原体は核酸を持たないのではないかと最初に疑ったのは、ティクバー・アルパーでした。アルパーは、病原体に放射線を当ててその大きさを測ろうとします。すると、病原体はこれまで発見されている最少のウィルスの1,000分の1のサイズしかないことがわかりました。これだけ小さな病原体は、もしかすると核酸を持たない生物ではないかと推測したのです。

病原体が核酸を持っていないのなら、放射線が効かないのも納得できます。そして、致死率100%の理由も。


プルシナーのプリオン説には、それを強力に支持する証拠があります。しかし、プリオン説は、生命の情報がDNA→RNA→タンパク質と一方向にしか流れないという分子生物学の中心原理(セントラルドグマ)に反するものです。そのため、プリオン説に反対の立場をとる生物学者もいます。

福岡さんは、著書の中でプリオン説に反対の立場についても紹介されています。タイトルが「プリオン説はほんとうか?」ですから、こちらが主なのですが。


伝達性スポンジ状脳症のような難病が発生したのは、その生物の食性を無視した結果ではないでしょうか。生物が種の保存を目的としているのであれば、共食いのような種の絶滅を引き起こす行動を抑止する必要があるでしょう。共食いが種全体に広まる前にその個体を排除する仕組みが生物には備わっているのかもしれません。