江戸時代に財政破綻した米沢藩を建て直した上杉鷹山は、アメリカのケネディ大統領が尊敬する日本人と語ったと伝えられているお殿さまです。
江戸時代のお殿さまは「良きに計らえ」としか言わない印象があります。でも、上杉鷹山にはそういったお殿さまのイメージはあまりなく、現代だと赤字に陥っていた名門企業の業績をV字回復させた敏腕経営者といった感じですね。養子として米沢藩にやってきたあたりは、日産のカルロス・ゴーンを彷彿とさせます。
資源に付加価値を付けて売る
上杉鷹山は、米沢藩のお殿さまになって、まず福祉に取り組みます。
- 自ら助ける自助
- 互いに近隣社会を助けあう互助
- 藩政府が手を伸ばす扶助
この三位一体の福祉政策には多額の資金が必要です。しかし、当時の米沢藩は財政破綻していたので、福祉政策を担保するだけの財政的裏付けはまったくありませんでした。当然、藩内から非難の声が上がります。
作家の童門冬二さんの「上杉鷹山の経営学」によると、上杉鷹山は、この福祉政策を実現するために藩内の産業を米作中心から、その他の農作物の栽培に切り替えたそうです。具体的には、漆、楮(こうぞ)、桑、藍、紅花などです。特に漆は、塗料や蝋に加工できるので需要があります。
そもそも東北地方は米の栽培に適しない風土なので、稲作ばかりやっていても大した収穫量にはなりません。だから、米沢の気候風土に適した漆や楮などの栽培に転換した方が、米沢藩にとってメリットがあったのです。
しかし、漆などを原料のまま売っていたのでは、利益はそれほど出ません。そこで、上杉鷹山はこれらの原料に付加価値を付けて販売することを考えます。
青苧(あおそ)は晒になって蚊帳になります。
紅花は高価な口紅になります。
楮は紙になります。
どれも自前で生産して売れば大きな利益が得られる、そう考えてさっそくこれらの製造に着手します。
フレックスタイムの導入
ところが、工業生産を進めるためには労働力が必要になります。
農民たちは、米作で手一杯ですから、追加の仕事をできません。だから、家臣たちはそのように上杉鷹山に伝えます。
確かに農民たちだけでは、漆も楮も育てられません。しかし、藩内には暇な人間は何人もいます。それは、武士とその家族たちです。老人や子供たちは、鯉にエサをやって育てて売れば利益になります。妻や母は、織物を織ったり、蚕から糸を紡ぎだす仕事ができます。
最初は反対していた家臣達でしたが、数日後には少しずつ内職をし始めるようになったとか。
さらに上杉鷹山はフレックスタイムを導入して、藩士たちに登城時間と帰宅時間を自由に決めさせるようにします。これまで仕事がなくても登城していた家臣たちは、仕事がなければ登城せず、代わりに植物を植えたり、鯉にエサをやったりして藩財政の建て直しに貢献していきました。
フレックスタイムも最初は藩士たちが反対していました。しかし、仕事がないのに登城しても気まずいだけだと気付いた藩士たちは、積極的にフレックスタイムを活かすようになります。
城に行っても、仕事らしい仕事をしていなければ、仕事らしい仕事をしている部署に対して面目が立たず、何となく尻がこそっぱゆくて、いづらくなってきたのである。仕事がないにも拘らず、文書をひねくり回して、ああだこうだと言うような藩士は一人もいなくなった。そんなごまかしが通らなくなってきた。
(133~134ページ)
「上司が残業してるから先に帰りづらい、だから残業する」
そういう人はたくさんいるでしょうね。そして、何も仕事をしてないのだから残業時間も付けれません。本当に無駄な時間です。
思い切った減税で新田開発
上杉鷹山は、他に藩内の経済を活性化するために新田開発にも力を入れました。しかし、ただ、農民たちに水田を作れと命令しても、農民たちは一所懸命働きません。どうせ収穫量が増えても、それは全部年貢として持っていかれるのだったら、仕事量が増えるだけで何のメリットもありませんから当然です。
そこで上杉鷹山は思い切った減税をします。新しく田畑を拓き農作物を植えた時は、しばらくの間、その田畑からは税を徴収しないと公表したのです。これは、最初は藩士たちに与えた特権だったのですが、やがて農民たちにも適用されました。そして、農民たちも可処分所得が増えるとあって、争って新田開発を行うようになりました。
現在でも研究開発に対する減税が行われたりしていますが、思い切って、就職して最初の3年間は所得税免除、開業して3年間は法人税免除といった制度ができるとおもしろそうですね。
上杉鷹山の行ってきた経済政策は、経済学でも出てきそうな内容ばかりです。不得意な米作から得意な漆や桑の生産に変更したのは、リカードの比較優位の考え方と似ています。上杉鷹山に限らず、国内の歴史から学ぶことはたくさんありそうですね。

上杉鷹山の経営学 危機を乗り切るリーダーの条件 (PHP文庫)
- 作者:童門 冬二
- 発売日: 1990/08/01
- メディア: 文庫