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ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

他者への信頼が気の交流をよくする

気功。

触れることなく物を動かしたり、人を投げ飛ばす。手をかざすだけで病気や怪我が治る。

このようなことを聞くと、多くの人がペテンだと思うはずです。詐欺事件の中には、この種のものがありますからね。でも、気功ではなく「気」と1字だけを読んだり、聞いたりしたときはどうでしょうか。気なんて存在しないと思う人もいるでしょうが、気にもう一文字くっつけて、気分、病気、気合、気迫などの熟語を作り、それを読むと1字の「気」だけの時よりも実感しやすくなりませんか。

見えなくても実在するもの

人は見えないものを否定しがちです。でも、見えなくても何かを感じることはあります。

作家の五木寛之さんと気功家の望月勇さんの対談集「気の発見」で、五木さんは「気」が存在しないと考えたことはないし、科学的に証明されていないからありえないと考えたこともないと述べています。

気と同じように見えないものはたくさんあります。例えば、愛。愛は見えません。しかし、誰だって愛情を感じたことがあるでしょう。また、愛とは反対の感情である憎しみも目に見えませんが、他者からそれを感じたことがあると思います。

「信」ということもそうだ。信仰の度合いを数字であらわすことはできない。しかし、信仰のために命を賭けた人びとが数多くいることを、私たちは知っている。
(中略)
「勇気」や「敬意」、そして「敵意」や「圧力」もそうだ。表情や動作にあらわれる場合もあり、反対に隠されている場合もある。しかし私たちは、あきらかにそれを感じて反応する。
(6ページ)

見えないものが存在しないとはなりません。見えなくても存在するものはいくらでもあります。「気」も同じで、見えないけども存在することを誰もが無意識のうちに感じているはずです。

信頼関係で成り立つ気

五木さんと望月さんの対談の中で、気の交流は信頼関係の上に成り立つと述べられていました。

合気道の達人が気を出せるようになり、十人くらいの猛者がいっせいにかかっていったとき、一瞬で地面に投げ飛ばしたエピソードを五木さんが紹介すると、望月さんはそれを否定しませんでした。

望月 実際にできる人はいると思いますよ。でも、ふつうは投げるほうと投げ出されるほうになにか回路ができていないと無理だと思います。
五木 それはどういうことですか。
望月 気で相手を投げ飛ばす場合、まず相手と自分の発する気によって、気と気が反発しあい、その結果、気の弱いほうがはじき飛ばされます。そのとき、受け手が送り手に対して、全幅の信頼をおいている場合は、二人のあいだに回路ができているので、気を感じやすくなり、気の反発が起きやすいのですね。
五木 ええ。
望月 よく気功教室や合気道教室で、先生の送る気に対して反応する練習があります。その場合、熟練した生徒はすぐ体を動かして、反応しますけれど、初心者はぜんぜん動かないんです。
(175ページ)

疑ってかかると相手の気を感じられないということでしょうか。初めて会った人にお金を貸してくれと言われても、相手のことを信頼できないから貸すことはそうそうないはずです。でも、何度も会っている人だと信頼関係ができあがってますから、お金を貸せます。気とは案外こういうことなのかもしれません。

体の不調が一瞬で治った

気が信頼関係で成り立っていることを示す体験を望月さんが語っています。あるインド人が、左手を打ってまったく動かなくなり、病院、カイロプラクティック、鍼までいろいろやったのですが効果がありませんでした。そして、望月さんを訪ねてきます。

望月 最初、椅子に座ってもらったんですが、背中のあたりの様子をみたくて、「スタンドアップ・プリーズ」と言ったんです。そうしたところ、私の発音が悪いせいか、ハンドアップ・プリーズととったんですね。その瞬間、そのインド人は、すっと左手をあげました。
それで、いっしょに来たイギリス人が「わ、すごい。もう手が上がっている」と(笑)。私はただ「立ってくれ」と言っただけなのに、相手が勝手に「手を上げてくれ」と解釈して(笑)。二人で「いやー、すごい。すごい」と大騒ぎしている。
(230~231ページ)

笑い話のような話ですが、これが気の交流なのかもしれません。

相手を信頼するから、それを感じられるのでしょう。2人以上で行うスポーツでも、チームメイトを信頼しているかどうかで自分の力をどれだけ発揮できるかが違ってくるはずです。チームメイトを信頼していないと、他のチームメイトがすべきことまで自分がやらなければならないと思い、余計な動きをして本来の自分のプレイができなくなるのではないでしょうか。

望月さんは、気功で難病を治した経験をたくさん持っています。嘘だと疑いたくもありますが、患者との間に信頼関係ができていれば、そのようなこともあるのかもしれません。気功家と患者との間に信頼関係ができていれば、患者は治療に専念して無駄なことをしなくなり、それが治癒に貢献するとも考えられそうです。

いずれにしても、気の交流は信頼関係で成り立つものであり、目には見えなくとも愛と同じように存在しているのでしょう。

気の発見 (幻冬舎文庫)

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