ウェブ1丁目図書館

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優生学が社会の発展に貢献するか

生物の一生を決めるのは、環境か遺伝か、はたまた別の要因か。

大金持ちの子として産まれた人は、将来的に裕福になる可能性が高そうです。大きな体を持って生まれてきた人は、大人になったらスポーツ選手として大成するかもしれません。前者は環境が人の一生に大きな影響を与えているように思いますし、後者は遺伝が人生に深くかかわっているように思えます。また、人生は、環境と遺伝の両方が深く絡み合っていると考える人もいるでしょう。

昔、人の一生は、遺伝によって大きく影響を受けると考えた人々がいました。彼らは、優秀な遺伝子を持った者を選別して社会に活かす優生学という学問を作りました。

再発見されたメンデルの業績

DNAの二重らせん構造を発見し、ノーベル医学・生理学賞を受賞したジェームス・D・ワトソンが、アンドリュー・ベリーとともに著した「DNA」では、優生学の成り立ちについて解説されています。

優生学に深くかかわっているのは遺伝学です。そして、初期の遺伝学の発達に貢献した科学者として有名なのがメンデルです。メンデルは19世紀にエンドウマメを使って、遺伝の仕組みを統計的に明らかにしました。

メンデルは、表面がつるつるのエンドウマメとシワのよったエンドウマメを交配させることで、次世代以降につるつるのエンドウマメとシワのよったエンドウマメがどれくらい発生するかの確率を見つけます。メンデルはエンドウマメの実験を数多く思考したので、その実験結果は信頼できるものです。しかし、メンデルの業績は、彼の生存中に評価されることはありませんでした。

後にメンデルの業績が再発見され、それに続くいくつかの進展により、遺伝学が脚光を浴びるようになります。そして、遺伝学は当時の社会の関心事であった救貧院、教護院、精神病院の住人たち、すなわち「変質した階級」と呼ばれた人々が社会的負担になっていることから、その問題解決のために利用されるようになっていきます。

競争に有利な遺伝子が生き残るのか?

ダーウィンは、生存競争において有利な個体が生き残ると考えました。生存にとって有利な突然変異が、やがて種全体に広がると。

ヴィクトリア時代の人々は、その理屈を人間にも当てはめた。彼らは社会を見渡し、目にしたものに恐れおののいた。品が良く、道徳的で、勤勉な中流階級よりも、不潔で、不道徳で、怠惰な下層階級のほうがずっとたくさん存在していたからである。
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近代以前の多くの社会では、ピラミッド状の階級構造を持っていました。

貧しく身分の低い下層階級の人々が社会に占める割合はとても大きく、反対に特権階級の割合はとても小さい。もしも、ダーウィンの説が正しければ、やがて下層階級の者たちばかりが増え、中流以上の地位にいる人々を駆逐するのではないか。

フランシス・ゴールトンは、ダーウィンの「種の起源」に感銘を受け、社会的・遺伝学的な改革運動に乗り出しました。その運動は、やがて、優生学と呼ばれるようになります。

ゴールトンは、遺伝学に重きを置き、人が環境から受ける影響を軽視していました。著名な裁判官の子は、裁判官になりやすい傾向がありましたが、そこに親のつてのおかげがあったことを考慮しませんでした。

ゴールトンを支持した優生主義者たちは、やがて、どんな人間が子供を持つべきかを意識的に選択することで下層階級の家系が増え続けるのを阻止しようと考え始めます。

積極的優生学と消極的優生学

ゴールトンが説いた優生学は、遺伝的に優れている人々に子供を持つことを奨励する積極的優生学でした。

これに対してアメリカの優生運動では、遺伝的に劣る人々を生殖から遠ざける消極的優生学に関心が向けられました。犯罪者や変質者がいる家系を調査し、社会から排除して行こうとしたのです。そして、1907年には、有能なロビイストの働きもあり、インディアナ州で最初の強制断種法が制定され、最終的にはアメリカの30の州で同様の法が制定されます。1941年までにアメリカ全体で約6万人が断種手術、つまり生殖能力を取り除かれました。

さらに断種はアメリカだけにとどまらず、ナチスドイツ、スイス、スカンジナビア諸国でも受け入れられ、同様の法律が制定されます。

優生学そのものに人種差別が含まれているわけではない。優生学が奨励する優れた遺伝子は、原理的にどんな民族にも存在しうる。けれどもゴールトンが「下等人種」に対する偏見のもち主であることを裏づけたアフリカ探検報告書に始まり、優生学の熱心な実践者たちは人種差別主義者でもありがちで、人種差別的考えを「科学的」に正当化するために優生学を利用した。
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ヒトラーは、アメリカの断種法を手本とし、ナチスドイツで遺伝性疾患子孫防止法を成立させました。この法律により3年間で22万5千人が断種手術を受けたとされています。さらにナチスドイツでは、積極的優生学も盛んになり、しかるべき人々が子供を持つことを奨励しました。

優生学に科学的根拠はない

ナチス優生学を利用する以前から、優生学は科学的信用を失っていました。優生学を裏付ける科学は、でたらめだったのです。

現代なら、多くの人が優生学非科学だと気付くでしょう。著名な裁判官の子が、将来、裁判官になりやすいのは遺伝によるものだとすれば、誰に育てられても高確率で裁判官になるはずです。例え、狼に育てられたとしても。

ワトソンとクリックがDNAの二重らせん構造を発見して以降、遺伝学は随分と発展しました。遺伝するのは先天的なものだけで、後天的に獲得した能力(獲得形質)が遺伝しないこともわかりました。裁判官の能力も後天的に得たものなので、子供に遺伝することはありません。もしも、裁判官の能力が遺伝するのなら、司法試験合格後に出産すれば、産まれた子は司法試験を受けることなく裁判官になれるはずです。

しかし、裁判官の子供でも、無試験で裁判官にはなれません。裁判官が育てた子供であっても、その環境だけで司法試験に合格することもないでしょう。司法試験に合格するためには、本人の努力も必要です。でも、努力しても司法試験に合格できるとは限りません。

人の一生は、遺伝や環境だけで決まるものではありませんし、本人の努力だけで未来を切り開けるわけでもありません。もっともらしい理屈を並べても、人の一生はわからないのです。

DNA

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