ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

脳死から考えるパワハラ

ここ最近、パワーハラスメントパワハラ)が問題になっています。

パワハラは、簡単に言うと、職場などで上位の立場の者が下位の立場の者に対して、その優越的地位を乱用して精神的・肉体的苦痛を与える行為です。単なる嫌がらせ行為ではなく、優越的地位を利用して行われるから性質が悪いですね。

パワハラやセクハラは、被害者が精神的苦痛を伴い、それが健康に悪影響を与えます。これはつまり、人間は肉体に不具合がなければ健康だとは言い切れないことを意味しているのではないでしょうか。

脳死は本当の死か

肉体に不具合が発生し、それを再生できなくなって動かなくなると「死」という状態になります。

では、「死」の判断基準はどこにあるのでしょうか?

死の基準には、脳死や心臓死が考えられます。どちらも、人間が生きていくために不可欠な組織ですから、これらが動かなくなるとやがて死が訪れます。

五木寛之さんが、多くの人と対談した内容をまとめた「命甦る日に」の中で、作家の梅原猛さんと脳死について語っている個所があります。そこで、梅原さんは、脳死の背後には「科学、医学の大変な傲慢さがある」と述べています。

脳死臨調で、私が脳死を人の死とすることに強く反対したのは、人間の死を科学の都合で変えるというのはもってのほかだ、という考え方からです。脳死を死とする理由は何一つない。要するに移植をしたいために脳死を死と認めた方がよいというだけなんです。臓器移植というささやかな医療の現場においてのみ脳死を死として認めてくれというなら、まだ話はわかるんですが、大上段に振りかぶって脳死を死と認めろという。
(12ページ)

脳が死ねば、やがて全身も死にいたるでしょう。しかし、脳死を社会の都合によって人間の死と決めることには違和感があります。

梅原さんは、またこのようにも述べています。

私は長い間ずっと物を書いてきて、現代の常識から見れば奇想天外な仮説を立ててきたけれども、それは実感と無矛盾ということを根拠にしているんですよ。実感は非常に大事なんで、それを抜きにして科学が成立すると思うのは大間違いだと思う。
(14ページ)

個人の実感を考慮するのは科学ではないのかもしれません。しかし、死を考える時、そこに実感が伴わなければ、命はただのモノとしてしか扱われなくなるように思います。

民族的臓器移植

五木寛之さんは、梅原さんとの対談の中で、スターリンが1930年代にバルト三国ウクライナ、その他の共和国から数百万もの人々を集団的にソ連強制移住させたことを民族的臓器移植と述べています。

臓器移植を行うと、拒絶反応を起こすことがあります。強制的な集団移住も、臓器移植と同じように拒絶反応が起こっているのだと。

バルト三国もそうです。ですから、いま、大量に集団移住させられたところに強い民族主義が興っているんです。簡単に言いますと、ロシア人やウクライナ人を脱して均一化したソビエト人という新国民を作るために、人間の攪拌をやったからです。しかし、同化できずに拒絶反応を起こして、今度のソ連民族主義の反乱になっていったといえるかもしれない。
(20~21ページ)

自発的に移住したのではなく、強制的に移住させられたから人々は拒絶反応を起こしたのです。他者から強制されることは、強いストレスとなります。そのストレスは、精神面だけでなく、やがては肉体面にも不具合を起こさせます。

精神面の苦痛は、将来起こる肉体的不具合を感知するセンサーなのではないでしょうか。そのセンサーが過敏に反応した時、人は強制されることから逃れようとするのかもしれません。

センサーが早めに作動すれば、退職してパワハラから逃れることができます。しかし、センサーの作動が遅いと、それだけ苦痛が増し、パワハラから逃れる手段として自殺まで考えてしまうのではないでしょうか。


五木さんとノンフィクション作家の中島みちさんとの対談の中で、中島さんは死についてこのように語っています。

私は身内の死や、肉親を失った多くの方々とお会いして、死とは、あきらめと納得に尽きると思うようになりました。
(298ページ)

脳が死ぬことを人間の死と言われても、なかなか納得できるものではありません。中島さんが言うように死は「あきらめと納得」によって完結するするのだと思います。梅原さんが述べるように死には「実感」が伴わなければ、受容するのは難しいことです。


肉体面に不具合がなければ健康だと考えるのは、脳や心臓が動かなくなれば死だと画一的に考えることと似ています。

どちらも、人の感情が伴っていません。

精神が肉体に影響を与えることを認めないことには、パワハラ問題を解決するのは難しそうです。

命甦る日に―生と死を考える (角川文庫)

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