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ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

関ヶ原の戦い前の情報収集の違いで分裂した真田家

時代小説

慶長5年(1600年)9月に起こった関ヶ原の戦いは、天下分け目の合戦として知られています。

全国の大名が東西両軍のどちらかに加わらなければならない状況にあり、自軍が味方した方が負ければ、その時点で家は滅亡。したがって、関ヶ原の戦い前に徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍のどちらが勝つかを予測することは、どの大名にとっても大変重要なことだったはずです。

そんな中、東西どちらが勝っても家が存続するように保険をかけたと言われているのが真田家です。

秀吉好きの昌幸と家康好きの信之

信州の上田城主であった真田昌幸には、2人の男子がいました。嫡男は沼田城主の信之、次男は昌幸とともに上田城で暮らす幸村です。

関ヶ原の戦い前、真田昌幸は、嫡男の信之を東軍に味方させ、自分と幸村は西軍に味方することを決断します。そうすれば、東西両軍どちらが勝っても真田家は存続します。智将として知られていた真田昌幸ですから、そのような意図があったのだろうと噂されたのも理解できます。

しかし、作家の池波正太郎さんは、長編小説の「真田太平記」の中でそのような記述をしていません。

簡単に言うと、真田昌幸が西軍に味方したのは秀吉好きだったからであり、一方の信之は家康好きだったから、東西別れて戦うことになったと描写しています。

多くの真田家を題材にした物語では、関ヶ原前の父子のやり取りにたくさんのページを割くのですが、真田太平記では意外にあっさりと描かれています。でも、昌幸と信之が東西どちらに味方するかを決断する前の状況に多くのページが費やされていて、これがなかなか興味深いのです。

忍者を使って情報収集した昌幸

真田昌幸は、草の者と呼ばれる忍者部隊を雇っていました。真田太平記では、この草の者たちが活躍する場面が多く描かれています。

上田にいる昌幸は、上方の情報を得るために多くの草の者を京都や大坂に派遣し、諸大名の動きを探らせます。あっちの大名は東軍についた、こっちの大名は西軍に加担したという情報を逐一入手し、東西どちらが有利かを見極めようとしていたのです。

しかし、どちらが有利かを見定めてから東軍につくか西軍につくかを決断する時間的余裕はなく、とりあえず昌幸は徳川家康上杉景勝征伐の軍に加わることにします。

従軍中も、草の者から上方の情報が昌幸に届けられます。情報を受け取るたびに昌幸は、西軍が有利だと確信していくようになります。そんな中、石田三成からの使者が昌幸のもとに訪れ、西軍に味方するように頼みました。

諸大名の家臣団との交流で情報を得た信之

一方の信之は、草の者を雇っていませんでした。信之が頼みにしていたのは、上方の真田屋敷に常駐させていた家臣の鈴木右近からもたらされる諸大名の家臣達の状況です。

真田信之の妻は徳川家康に仕える本多忠勝の娘だったので、昌幸とは違い東軍に味方する気持ちが強かったのですが、最終的に東軍に味方する決断を下したのは、鈴木右近から報告された上方の情報が大きかったと思います。

鈴木右近は、諸大名の家臣団と交わる中で、東軍に味方する諸大名の家臣団の結束が強いことを知ります。しかし、西軍に味方する大名の家臣たちには、東軍のような結束力が感じられません。だから、鈴木右近は戦う前から東軍の勝利と確信しており、その情報を信之も信じて東軍に味方する決意をしたのでした。

外から見て得た情報と内に入って得た情報の違い

関ヶ原の戦いは、東軍の勝利で幕を閉じました。

西軍に味方した真田昌幸と幸村は、信之の助命嘆願により命を助けられましたが、紀州九度山に島流しとなります。そして、昌幸は配流先で亡くなり、幸村は九度山から脱出して大坂城に入り、大坂夏の陣で戦死しました。

一方の真田信之は、信州松代に転封となりましたが、その後、真田家は断絶することなく明治維新を迎えます。


昌幸と信之の明暗を分けたのはなんだったのでしょうか?

情報収集能力では圧倒的に昌幸の方が優れていたのに勝者となったのは信之でした。

信之が勝者の側につくことができたのは、収集した情報の質が昌幸よりも良かったからでしょう。どんなに多くの草の者を雇っても、彼らから得られる情報は、外から見た諸大名の動きでしかありません。ところが、信之が得た情報は、鈴木右近が諸大名の屋敷に入って見聞きした当事者の生の情報です。

現代で例えると、昌幸はインターネットを駆使して様々な情報を得て株式の売買を行うトレーダーであり、信之は大手メーカーの下請けとして働く中小企業の社長といったところでしょうか。

インターネットを使うトレーダーの方が新鮮な情報を得やすいでしょう。しかし、大手メーカーの下請けをしている中小企業の社長の方が、その大手メーカーの内情を知ることができるのですから、得られる情報の信頼性の面では上です。大手メーカーの工場を見学し、どのような生産ラインを持っているのか、工員はどのような働き方をしているのか、製造工程間の部品のやり取りに無駄な動きがないか、そういった組織内部の情報の方が、重大な決断をする際には役立つはずです。


外部情報を多く収集し会ったこともない人が働く会社の株を買うトレーダー。

メーカーで働く人たちとの交流から下請けを引受ける中小企業の社長。


どちらにも良い面と悪い面があるのでしょうが、大きな決断をする時には後者の立場で物事を見極めた方が、致命的な失敗をしなくて済むのではないでしょうか?

関ヶ原前夜の真田昌幸と信之父子の決断は、それを教えてくれているように思います。

真田太平記(一)天魔の夏 (新潮文庫)

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