ウェブ1丁目図書館

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死霊の怨霊化を防ぐのが弔いの目的

我が国では、人が亡くなると、家族で葬式をしたり法事をするのが、弔いの儀式として定着しています。

弔いの儀式は、古来から行われており、奈良時代聖武天皇が大仏を造立したのも弔いの一つです。

ところで、弔いの儀式は、どういう意味で行われるようになったのでしょうか。我々現代人は、死者がかわいそうだとの気持ちで葬式や法事を行っていますが、古い日本人も同じ感覚を持っていたのでしょうか。

弔いは政治だった

死んだ人をそのままにしておくとかわいそう。だから、葬式をしてあげる。

現代日本人の弔いの感覚は、このようなものでしょう。でも、ただ、かわいそうというだけで、昔の日本人が死者を弔ってきたのではなさそうです。

宗教学、近代文化史を専門とする川村邦光さんの著書「弔いの文化史」では、日本人がどのように死者の霊を弔ってきたのかが解説されています。

死者の霊をそのままにしておくと、怒りを抱き、やがて怨霊になると信じられていました。天災が発生するのは、怨霊の仕業であり、為政者は天災を自らの不徳によるものと考えました。そこで、弔いの儀式を国家プロジェクトとして行い、怨霊の怒りを鎮め、天災を免れようとしたのです。

つまり、弔いは政治の一環であり、死者の霊を慰めることは、死者の怒りから発生する天災を回避する手段だったのです。弔いは、利他的な行いではありますが、生きている者が災厄に見舞われないようにするための自利的な行為でもあります。むしろ、弔いは、生きている者のための儀式という意味合いの方が強そうです。

仮死状態に行われたモガリ

生きている状態は死んではないない。死んでいる状態は生きてはいない。

現代人は生と死を二極化して捉えていますが、古代の日本人は、生と死の間に仮死の状態があると信じていました。

仮死の状態は、体から魂が遊離している状態であり、それは死に臨んでいる状態や生から死へと移行する境界的な状態と考えられていました。この仮死の状態に行われる儀式がモガリです。

ガリは、喪屋を建て、そこに仮死の状態にある身体を置き、埋葬までの間、親族なども喪屋に籠り、歌舞、飲食などの儀礼を行うものです。モガリは鎮魂の儀式とも考えられますが、遊離した魂が体に戻り復活するかもしれないと期待して行われていた可能性もあります。

しかし、モガリの間、魂が身体に戻らなければ、その身体は腐敗し始めます。この時に外部から死を確認できるようになり、死の穢れによって霊が暴れ出し災いをもたらさないようにタマシズメと呼ばれる鎮魂の儀式が行われます。その後、死者は埋葬されたようです。

ガリは、やがて衰退していきます。

推古2年(594年)に仏法を興隆させよとの詔が出されて以降、古墳の造営は行われなくなり、造寺・造仏ブームを迎え、喪屋を建てることが禁じられました。モガリは、皇族の特権とされたのです。

仏教の普及に伴い、モガリは衰退していきます。

従来は土葬でしたが、仏教では火葬が行われます。火葬は肉体を直ちに白骨化し、「穢き死人」の状態を短くし、死の穢れを祓い、霊魂を浄化できます。死霊の怨霊化によって天災が起こると信じていた為政者にとって、仏教は都合が良かったんですね。

科学が進歩しても行われる弔い

台風や地震などの天災は、なぜ起こるのか、科学的にわかっています。

それが、怨霊の仕業ではないことを現代日本人は当たり前のように知っています。

しかし、今でも葬式や法事といった死者の霊を弔う儀式が行われています。

戦前や戦中に戦死者を顕彰する石碑には「忠魂碑」と刻まれていましたが、戦後20数年してからは「鎮魂」と刻まれるようになりました。現代の「鎮魂」には、死霊が怨霊化して崇りをもたらすから、死者の魂を鎮めなければならないという感覚はなさそうです。でも、鎮魂しなければ、死者の霊が浮かばれないとの思いは今も残っており、その思いが現代の葬式や法事につながっているのでしょう。

靖国神社は、優れた功績を残して戦死した英霊を祀る神社として一般に知られていますが、創建当時は、非業の死を遂げた者の霊が怨霊化するのを防ぐとの考えがあったようです。

創建当初の靖国は、無実の罪で生命を断たれ、非業の死を遂げ、いまだ遺念余執をいだいた慰撫すべき死霊を合祀し、怨霊信仰に基づく御霊神祭祀の系譜を引き継いでいた(159ページ)

日本古来から行われてきた弔いは、利他的かつ自利的な行為でした。

しかし、現在では、自利的な側面は薄らぎ、死者の霊がかわいそうという利他的な側面が強くなっているように思えます。

でも、天災の原因が科学的にわかっているのに豪華な葬式をするのは、虚栄心を満足させる自利的な目的があるのかもしれませんね。