手元の国語辞典で「真実」を調べると、「いつわりのないこと。まこと。」と書かれていました。同じような言葉に「事実」があり、こちらも調べてみると、「実際あった事がら。」と書かれていました。
どちらも同じような意味に見えますが、真実には主観が入り、事実は客観的な印象を受けます。ある事件を知ることは事実を知ることになりそうです。そして、事件の真相を知ることは真実を知ることにつながっていきそうです。
ところで、あなたがメディアに接する時、事実を知りたいのか、真実を知りたいのかどっちでしょうか。
世界のイメージはメディアで作られる
映画監督で作家の森達也さんの著書『たったひとつの「真実」なんてない』を読むと、人は真実を求めてメディアに接しているのだと気づかされます。
森さんは、北朝鮮に旅行に行った経験を持っています。多くの人は、北朝鮮に旅行に行けるのかと驚くのではないでしょうか。その驚きの背景にあるのは、北朝鮮は独裁国家で、現在も鎖国をしており、中国とロシア以外の国とは付き合いがなく、渡航手段がわずかしかないと思っているからでしょう。ところが、北朝鮮は、150ヶ国以上と国交があり、むしろ、国交がない日本の方が世界的に見て少数派です。
日本人が、北朝鮮に対して、上のような印象を持つのは、日々接しているテレビ、新聞、ラジオ、SNS、本などのメディアから発信される情報の影響が強いからです。北朝鮮は、ミサイルを発射したり、日本人を拉致したり、日本から見ると迷惑な隣国です。ミサイル発射や拉致は事実ですが、「迷惑」というのは主観です。この主観が、メディアによって無意識のうちに作られているのです。
メディアは真実を伝えようとする
メディアは真実を伝えようとします。この真実が、視聴者や読者の主観を形成していきます。
メディアが視聴者や読者に伝えようとする内容は、記者、カメラマン、ディレクターといった情報の発信者のフィルターでろ過されたものです。つまり、今、世界で起こっていることを視聴者や読者に知ってもらいたいという思いは、情報発信者の主観です。その主観は、各情報発信者により異なります。同じ事件であっても、被害者側の視点で伝えられるのと加害者側の視点で伝えられるのとでは、情報の受け手に与える印象が異なります。
メディアの仕事は単純に「伝える」だけではなく、「何を伝えるかを考える」ことも重要であり、同時に多くの人が好む情報を優先するとのこと。さらに情報を加工して発信するので、視聴者や読者の世界観が歪みます。メディア側が伝えたい真実によって、視聴者や読者の世界観ができあがっていくのです。
視聴者も読者も真実を望む
きっと、メディアが、視聴者や読者の意識をコントロールしているのは、けしからんことだと思うでしょう。でも、実際は、視聴者や読者がメディアをコントロールしていると考えるべきです。
メディアは、人に情報を届けることで収益を得ています。テレビやラジオはスポンサーからお金をもらっていますが、それは、テレビを観る人やラジオを聴く人にスポンサーの商品やサービスを宣伝できることの見返りです。より多くの人が観たり聴いたりすれば、スポンサーから受け取る収益も大きくなります。そうすると、テレビもラジオも、多くの人に興味を持ってもらえるような情報を発信することになります。それは、情報の受け手が求めている内容にほかなりません。
メディアは、情報の受け手が求める真実を発信しているにすぎないのです。
情報はつくられるし、真実はいくらでもある
我々がメディアに接する際に知っておかなければならないのは、「情報はつくられる」ということです。あらゆる情報は、その発信者によって作られたものです。これは、自分が情報を発信する時のことを考えればわかります。「たくさん」という表現は、しばしば使われますが、人によって「たくさん」がどれくらいの数量なのか変わってきます。100がたくさんと思う人もいれば、50がたくさんと思う人もいます。先ほど使った「しばしば」という表現も、どの程度の頻度なのかは、言葉の使い手と受け手によって異なるものです。
ここで、情報発信者が嘘をついていると考えるのは短絡的です。記者は事実を伝えようとするとともに真実も伝えようとしています。その真実が、人それぞれ異なっているのです。同じ事実でも100人の記者がいれば、そこには100通りの真実があります。唯一絶対の真実なんてありえません。
しかし、100通りの真実も、やがて1つの真実になっていく可能性があります。100通りの真実を1つの真実にしてしまうのは、視聴者や読者の側に原因があると考えるべきです。メディアは、多数派に好まれるように情報を発信します。その情報が、各種メディアで紹介されれば、大きく社会に伝えられます。それが、さらに他のメディアにも取り上げられると、多数派がもっと増え、メディアはその多数派の意見を優先的に伝えるようになります。情報の受け手が真実は1つだと思っていた事実は、実際には99の真実を捨て去って伝えられた偏りのある情報なのです。
森さんは、「中立公正で客観的な報道などありえない」と述べています。人がメディアに接する時、これを意識できていなければ、簡単に情報発信者に扇動されてしまいます。伝えられる1つの事実の背景には、数えられないほど多くの真実が存在するのです。
入門レベルの知識は持っておこう
インターネットの出現で、誰もが情報を発信できる時代になりました。
誰もが情報を発信できるということは、知識がない人がまちがった情報を発信する危険もあるということです。SNSのフォロワー数が多いアカウントは、なんとなく物識りのような気がし、そのアカウントから発信された情報を無条件に信頼する人もいると思います。しかし、フォロワー数は、多数派が好む情報を発信しているから増えるのであり、その内容が事実かどうかはわかりません。インフルエンサーが感じた真実が発信されているだけであり、まちがった情報を含んでいる可能性だってあります。
情報の正しさを判断するのは容易なことではありません。でも、幅広く入門レベルの知識を身につけておけば、受け取った情報と自分の知識との間に矛盾が生じていることに気づくことはできます。どちらが正しいのか、そぐに判断できなくても、後で調べることはできますし、そもそも、入門レベルの知識は、そうそう覆ることはありません。
人が情報を入手しようとするのは、事実よりも真実を知りたいという思いがあるからでしょう。しかし、真実は情報発信者の数だけあるので、唯一絶対の真実は存在しません。もしも、これが唯一絶対の真実だと確信した時、あなたは情報発信者に扇動されているのかもしれません。