ウェブ1丁目図書館

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子供が飢えるより大人が飢える社会の方が怖い

日本は豊かな国なので、子供が飢えるということは、あまりないでしょう。でも、アフリカなどの貧しい国は、今でも多くの子供が餓死しています。そういうニュースを見ると、豊かな国の人たちが手を差しのべなければならないなと思いますね。日本は、比較的そういったことに対して支援活動を行っている方だと思いますが、なかなか世界から飢えた子供を減らせないでいるので、課題はまだまだ多いといえます。

でも、本当に怖いのは、子供が飢えることよりも大人が飢えることだと語るのが、作家の五木寛之さんです。五木さんは、著書の「大河の一滴」の中で、実際に飢えた大人を見て恐怖を感じたそうです。

大人が飢えると子供に食糧は行き渡らない

五木さんは、終戦を朝鮮北部で迎えました。一時的ではあったのですが、旧ソ連軍の軍政下で難民として過ごしたそうです。

当時は、日本が戦争に負けたことで、五木さんだけでなく多くの日本人が大陸から引き揚げてこなければならない状況にありました。当然、大陸に取り残された日本人の暮らしは極貧状態です。何も口にしない日なんて、何度もあったはずです。だから、子供たちは飢えて痩せていったことでしょう。飢えるのは、子供たちだけではありません。大人だって食べるものが何もないのです。

そんな状況で、子供が食糧を手にするとどうなると思いますか?

そう、飢えた大人たちが子供たちから食べ物を奪い取るのです。

敗戦と引き揚げの極限状態のなかで、子供たちにとって大人はおそろしい存在だった。子供たちに同情して朝鮮人旧ソ連兵がくれた餅や、黒パンや、芋などを、大人たちにいきなり強い力でうばい取られることがしばしばあったからだ。「飢えた大人ほど怖いものはない」と、当時の子供たちは骨身にしみて思い知ったのである。(43ページ)

持っている食べ物を奪われるだけならまだましな方で、時には、幼児たちが売られることもあったというのですから、大人が飢えることの方が、子供が飢えるよりもずっと恐ろしいことなのです。だから、子供が飢えない社会を築くためには、まず大人が飢えないようにしなければならないということなんですね。

そう考えると、大人が悩み、生活に困って自殺する人が増えていく社会というのは、子供たちにとって、とても危険な社会なのかもしれません。

自殺と他殺は表裏一体

大河の一滴が出版されたのは1998年です。

この頃は地下鉄サリン事件などの凶悪犯罪が多くなってきた頃ですね。五木さんは、「自分を憎む者は他人を憎む」と述べています。すなわち、凶悪犯罪が増えるということは他人を憎く思う反面、自分のことも憎く感じているということなのでしょう。そうなるとどうなるのかというと、自殺者の数が増えていくわけです。

バブル経済が真っ盛りの1986年の自殺者数は2万5千人でした。五木さんは、繊細な神経を持った心優しき人が、物質万能主義について行けず、孤独を感じて自殺したのではないかと考えています。そして、不思議なことにバブルがはじけると、自殺者数は年間1万9千人まで減少しました。しかし、自殺者数が減ったのは一時的で、1995年に2万2千人、1996年には2万3千人と増加傾向にあります。

そして、五木さんは97年も自殺者が増えているだろうし、98年はさらに増えるに違いないとその頃語っていました。この予想が見事に当たっており、98年には、自殺者が一気に3万人を超えたのです。下のグラフの自殺者数は警察庁の「平成24年中における自殺の内訳」、殺人認知件数は「犯罪による死亡者数と殺人認知件数 | 「死刑に異議あり!」キャンペーン」の情報をもとに作成したものです。

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凶悪犯罪が増えるということと自殺者数が増えることとの間には相関関係があるのかもしれません。上のグラフだと殺人認知件数は毎年1,000人から1,500人の間なのですが、自殺者が増えている1998年と2003年は殺人認知件数も増えています。

もっと深刻に考えなければいけない問題は、人間の自損行為、つまり自分の命を傷つけることと他人の命を傷つける他損行為とが、本当は背中あわせの一体になったものだ、ということです。(中略)
自分の命が重く感じられないということ、自分が透明で軽くしか考えられないという立場からは、自分の周りの他人の命というものも重さが感じられず、軽くしか考えられないことになりはしないか。つまり、自分を傷つけるのと同じように他人を傷つけることもそんなに大きな抵抗がない、ということなのではないか、そう思うのです。(93~94ページ)

誰だって自分の体が傷つくと痛いですよね。同じ傷を他人が負ったとしても自分は痛くありません。だから、誰だって自分を傷つけることよりも他人を傷つける方が苦痛に感じないのではないでしょうか?

でも、同じ傷を負えば自分も痛いのだから、それは他人も痛いはずと考えることができるのなら、他人を傷つけようとはしないでしょう。しかし、自分の体が傷つくことに抵抗を感じなくなれば、きっと、他人を傷つけることはもっと容易くなるはずです。なので、自殺者が増える社会というのは、他人を容易に傷つける社会になっていることのように思えます。

おそらく、大人の自殺者を減らすことは、他殺を減らすことにもつながるはずです。そのためには、大人が悩まない社会作りというものが必要になるのではないでしょうか?健康の不安、雇用の不安、老後の不安、これらを少しでも減らすことは大切ですし、また、不安をあおりすぎないことも大切です。

そして、大人の不安が少なくなる社会を実現していくことが、子供が飢えない社会を築いていくことにつながるのだと思います。

大河の一滴 (幻冬舎文庫)

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