ウェブ1丁目図書館

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仕事も経営も現場から学ばなければ人間が感情で動くことを理解できない

「セコムしてますか?」

これは、読売ジャイアンツの名誉監督である長嶋茂雄さんが、警備会社のセコムのCMに出演した時のセリフです。有名なセリフなので、ご存知の方も多いことでしょう。

このセリフは、セコムの創業者の飯田亮さんが、ある時、料亭で芸妓同士が「あんた、セコムしてきた?」と話しているのを聞いてひらめいたものだそうです。偶然だったのかもしれませんが、これは飯田さんが、現場でお客さんの声を聴くことの重要性を理解していたから誕生したセリフなのかもしれません。

人間は理屈では動かない

飯田さんは、著書の「正しさを貫く」で、「人間は理屈で動く」と思っている人物は、どんなことをやっても一流経営者にはなれないと述べています。

どんなに筋が通っていることでも、どんなに科学的に正しいと証明されていることでも、人間は、必ずしも合理的に動こうとしません。その時の気分で賛成もすれば反対もするのです。

人間は感情で動く。気分の良い悪いで動くのであり、理屈で動くのではない。それが腹の底からわかるようになるためには、たくさん経験を積んでみるしかない。組織を運営していく上での困難の泥水を、たらふく飲まないといけない。きれいな水だけ飲んでいたのではわかりません。泥水を飲んで腹を下して、自ら苦しんでわかるものです。
一流の経営者には、そういった苦しみを乗り越えてきたひとならではの人間性が共通しているような気がします。
(173ページ)

メディアを通じて見る一流と言われる経営者の中には、豪放磊落な感じがする人もいますが、飯田さんが実際に会ってみると、ちょっとしたことでも気を使う人間味が豊かな人が多かったそうです。どんな局面でも、人を絶対に嫌な気にさせない、そういった気遣いがあるとのこと。

こういった配慮ができるのは、多くの人と付き合い、様々な感情で多種多様に人は動くことを肌で感じたからなのでしょう。

現場で自分の体験を通して学ぶ

飯田さんは、仕事であれ経営であれ、現場で学ぶしかないと主張します。

仕事に対する考え方も、経営に対する考え方も、自分の体験から出てきたものだとのこと。だから、芸妓同士の会話からテレビCMで使うセリフを思いつくことができたのではないでしょうか?

本や学校から学ぶこともできますが、現場に勝るものはありません。それに気づかない人は、いつまでも人間は理屈で動くのだと錯覚し続けるに違いありません。

こんな笑い話を聞きました。一時MBAが流行ったとき、MBAの資格を取って会社を始めたが失敗してしまった。それでもう一度MBAへ行き直したという人がいるらしい。どうして失敗したのか、もう一度MBAに行って学んでこようというわけです。
現場で失敗したのだから、そこから学ばなければいけないのに、学校に行って学ぼうとするのでは本末転倒です。
(176ページ)

答えは目の前に落ちているのにそれには目もくれず、アメリカに行ってしまうのでは、ますます答えから遠ざかってしまうのではないでしょうか?失敗から学ぶということは、遠くに行って成功する方法を見つけることではなく、現場をしつこいくらいに観察することなのです。でも、多くの人がそれに気づいていないから、失敗が挫折につながっていくのでしょう。

貸倒から学んだ前金制

飯田さんは、日本警備保障(現セコム)を創業する前、実家の仕事を手伝っていました。実家では、営業を担当していたのですが、売掛金を回収できずに何度も貸し倒れを経験しました。お兄さんからは、「貸し倒れ王」とまで呼ばれる苦い経験をしたとか。

その経験から、日本警備保障を創業した時、契約時に3ヶ月分の前金をもらうことにしました。

当然、何の実績もない会社に代金を前払いするお客さんはいません。それでも、設立から3ヶ月後には前金で契約してくれるお客さんが出てきました。その後も、前金制を貫き営業を続けます。すると、相手を上手く説得する方法も経験から学ぶことができました。何かあった時にはセコムが補償するのだから、前金でなければ補償のしようがないと言って、納得してもらうこともあったそうです。

もしも、飯田さんが実家の仕事を手伝っていなければ、代金を前金制にするという発想は浮かばなかったかもしれません。セコムは、過去に従業員による窃盗事件を起こしていますが、前金制でなければ、契約先から窃盗事件を起こした会社にお金は払えないと代金を踏み倒されていた可能性もあります。

窃盗事件を起こしてもセコムが継続できたのは、飯田さんが過去の失敗から学ぶ姿勢を持っていたからなのでしょう。

機械にできることに人手は割かない

設立当初は、常駐警備のように人手を割いた警備をしていましたが、飯田さんは機械整備システム「SPアラーム」の普及に力を入れ始めます。

しかし、契約件数は圧倒的に巡回警備の方が多い状況。それでも飯田さんは、「機械でやれることに人手を割くのは、人間の尊厳を損なうものだ。従って巡回警備は廃止する。常駐警備も増やさず、大幅に値上げする。今後の営業はSPアラーム一本でいく」と宣言しました。

一方的な値上げなので、怒って解約する顧客もいましたが、それでも全体の3割程度だったとのこと。残り7割の契約先はSPアラームを導入し、新規契約も伸びたそうです。

機械にできることをいつまでも人間がやっていたら、いつか他の企業が機械を使った警備を始めていたでしょう。飯田さんも、思いつきでSPアラーム1本で勝負すると言ったわけではありません。SPアラームの初契約時から機械化の必要性を説き続けていたのです。過去にSPアラームのおかげで連続射殺事件の犯人逮捕に貢献したこともあったので、そういった経験からSPアラームの将来性をわかっていたのでしょう。


現在、セコムは誰もが知る警備会社になっています。ここまでセコムが成長したのは、現場主義を貫いてきたことと大きく関係しているのではないでしょうか?

理屈ばかりこねていたのでは、人間の感情を理解できないまま、無駄に時間が過ぎていくだけです。

正しさを貫く

正しさを貫く

  • 作者:飯田 亮
  • 発売日: 2007/09/19
  • メディア: 単行本