現代人は、狩猟採集をしていた時代からどれだけ進化しているのだろうか。
着のみ着のままの生活しかできなかった狩猟採集時代の人たちと衣食住に事欠かない文明を築き上げた現代人を比較すると、現代人の方がより脳が進化していると信じたいところですが、生物学の視点では、全く変わっていないようです。
見た目は現代人、中身は原始人というのが、今を生きるホモ・サピエンスの姿なのです。そして、このギャップが日常生活の広範囲で我々にいくつものストレスと快楽を与えています。
ストレスに対処するコルチゾール
精神科医のアンデシュ・ハンセンさんの著書『スマホ脳』は、スマホが現代人にどのような影響を与えているのかを解説しています。スマホと内分泌の関係も生物の視点から説明されており、人類の進化を切り口に話が進んでいきます。
我々人間は、ストレスを感じると、副腎からコルチゾールというホルモンが分泌されます。コルチゾールが分泌されると、糖新生という仕組みにより血糖値が上昇し、拍動が速くなり、筋肉に多くの血液が運ばれるようになります。
なぜ、このような反応が起こるのか。それは、我々の体が、サバンナで暮らしていた時代の記憶を持っているからです。その時代、ライオンなどの外敵から襲われることが人間にとって最も強いストレスでした。身を守るためには、戦うか逃げるか、つまり闘争か逃走かを選択しなければなりませんが、どちらを選ぶにしても、多くのエネルギーを瞬間的に放出する必要があります。
先進国で暮らしていると、外敵に襲われる危険性は低いので、ストレスを感じる場面は少なくなっているはずです。しかし、現代はストレス社会だと言われているように多くの人が、毎日、コルチゾールを分泌させながら生きています。特にスマホの登場以降、現代人のストレスは強くなっています。
ネガティブはポジティブに勝る
サバンナで暮らしていた記憶が体に残る現代人は、今でも、ストレスに対して敏感に反応します。
ライオンに襲われると、その時点で死につながるので、周囲の危険を察知してすぐに行動に起こせる体制にしておかなければなりません。だから、必然的にネガティブな感情がポジティブな感情に優先します。幸福を夢想している間に外敵に襲われることがないように。
SNSでネガティブな情報が拡散されやすいのは、まさにこれが理由です。身の危険に関する情報を速やかに入手し、体にストレスを与え、コルチゾールを分泌させる。このサバンナで生き残るための仕組みを今も持っている現代人は、どうしてもネガティブな情報に食いつきたくなるのです。
ネガティブな感情は快楽へとつながる
ネガティブな情報を目にしてストレスをため、コルチゾールを分泌させる生活を日々送っていると、体が疲れそうなものです。でも、人間は、ネガティブな感情を快楽へとつなげることができます。脳内の伝達物質であるドーパミンを放出して。
ドーパミンは報酬物質と呼ばれているように人間に快楽を与えます。俗に脳汁と呼ばれているのが、このドーパミンです。
ドーパミンは、我々を元気にしますが、最も大きな役割は、何に集中するかを選択させることにあります。空腹時に目の前に食べ物を置かれるとドーパミンが増えます。これは、脳が食事に集中させようとしているからです。食べて満足したからドーパミンが放出されるのではありません。
そして、ドーパミンは、新しいことを学ぶことでも放出されます。だから、人間はもっと詳しく学びたいとの欲求を持てるのです。
ドーパミンを利用したビジネス
コルチゾールとドーパミンの2つの役割を知ると、なぜ、人はSNSでネガティブな情報に飛びつきやすくなるのかが理解できます。
ネガティブな情報を速く入手することは生存を助けることにつながります。その際、ストレスホルモンのコルチゾールが分泌され闘争あるいは逃走モードに体が切り替わります。そして、新しい情報を入手する行為からは、報酬として快楽物質のドーパミンが脳から放出されます。
このドーパミンの働きのせいで、スマホから手が離せなくなるスマホ依存やスマホ中毒という状態になっていきます。ネガティブな情報が拡散されやすい仕組みを作れば、多くの人をドーパミンの虜にできます。その際、スマホの画面に広告を表示すれば、SNSの運営会社には広告料が入ってきます。
こんなぼろい商売はありません。だから、SNSの運営会社は行動科学や脳科学の専門家を雇い、ユーザーをスマホにくぎ付けにするにはどうすれば良いかを研究しています。米国の大手IT企業を礼賛し、日本からはなぜこのような企業が生まれないのかという言葉を目にすることがありますが、ドラッグの中毒症患者を量産するようなビジネスを褒めるのはいかがなものか。
逆に問いたい。NejiLawやdg TAKANOのような世界が抱える問題を解決しようとする企業が、なぜ、日本から生まれているのか。
SNSの中では、多くの人が賛成していることに反対、あるいは、多くの人が反対していることに賛成する人がいます。これも、逆張りで多くの人のネガティブな感情を刺激し、コルチゾールとドーパミンを分泌させ、注目を集めようとする手口なのでしょう。そこまで考えていなくても、逆張りは注目されることをわかっていて発言しているのでしょう。発言の中身はすっからかんで、得るものはないのですから、無視するに越したことはありません。
スマホが子供に与える悪影響
本書の最後の方では、中毒性の高いスマホが子供に与える悪影響についても解説されています。
スマホが良い影響を与えるとの研究結果もあるようですが、圧倒的に悪い影響を与えるとの研究結果の方が多いようです。
衝動に歯止めをかけ報酬を先延ばしすることができる前頭葉は、25~30歳になるまで完全に発達しないとのこと。子どもが多くの時間をスマホに費やすことは、前頭葉の発達に悪い影響が出るのではないかと心配になります。また、若者の方が依存症になるリスクが高いことから、子供の時にスマホを使う時間に規制をかけておかないとスマホ中毒になる危険性もあります。
スマホ依存症の人からスマホを取り上げると、10分でコルチゾールの分泌量が増えるとのこと。明らかにスマホがなければ正常な精神状態を保てなくなっていることがわかります。
本書の最後には、SNSとの付き合い方も述べられており、そこにはスマホからSNSをアンインストールして、パソコンでだけ使うことが提案されています。また、わずかな運動でも脳に良い影響を与えることも紹介されています。
ドーパミンの虜にならないためには、スマホを捨てるのが最善ですが、まずは、スマホからSNSをアンインストールするところから始めてはどうでしょうか。