新幹線の車内で駅弁やお土産などを販売している売り子のことをパーサーといいます。
自分が社内で何か買う予定がない時は、特にパーサーの動作を意識することはありません。ですが、お弁当やお酒などを買って社内で食べたり飲んだりしようかなと思った時には、自分の席までパーサーが来る間、彼女たちの動きを見てしまいますね。
ジロジロと見ているわけではありませんが、パーサーの動作というのは、落ち着きがあって、余裕を持った動きというのでしょうか、社内をワゴンを押して通過しても、邪魔に感じることがありませんね。
パーサーが乗客の邪魔にならないようにワゴン販売をすることは、研修で指導されるわけですが、その他にもパーサー全体のサービスを向上させるものに「喜んでくれました」ファイルなるものがあるそうです。
顔も知らない仲間同士をつなげるツール
新幹線のパーサーとして勤務する徳渕真利子さんは、著書の「新幹線ガール」のなかで、「喜んでもらえました」ファイルは、「顔も知らない仲間同士をつなげてくれる、大切なツール」だと語っています。
このファイルは、文字通り乗客に喜んでもらえたことをまとめたもので、パーサーはいつでも見ることができるそうです。
「車内巡回をしていたら、年配の女性から『皆さん、本当に感じのいい方ばかりね』と褒めていただきました。いつも気をつけていることを評価された気がして嬉しかったです」といった感想や、「ワゴンが通るたびに商品を買ってくれた小団体のお客様が『あなたのおかげで楽しい旅になりました。ありがとう』と言ってくださいました。この日は忙しかったのですが疲れもふっとびました」など、パーサーの生の声がびっしりと詰まっています。(101~102ページ)
書いてあることは大したことがないように思えますが、パーサー個々人のサービス内容に喜んでもらえたという情報を全てのパーサーが共有することができる仕組みになっていることが、パーサー全体のサービスの向上につながっているのではないでしょうか?
個人の体験を胸の内にしまっていたのでは、他の人は、その体験を知ることができません。今すぐにでも真似できることでも、知らなければ、サービスに活かすことができませんよね。
売るだけのサービスからきめ細やかな接客へ
年配の方には、新幹線のパーサーは、昔は売ることばかりに力を入れていたというイメージをお持ちの方もいらっしゃるでしょう。
でも、のぞみが営業を開始した1992年ころから、売るだけのサービスからきめ細やかなサービスもしなければならないという雰囲気が、パーサーの中で高まってきたそうです。そこで、参考にしたのが、飛行機のキャビンアテンダント(CA)だったとのこと。
CAは、とてもエレガントなイメージがあります。パーサーもそのようなエレガントな接客をすることで、乗車中は気持ちよく過ごしてもらおうという意識が高まっていったんですね。
アルバイトとしてパーサーを始めた徳渕さんも、研修で身だしなみに関して厳しい指導を受けたそうです。でも、身だしなみ以上に徳渕さんが接客で注意していることは、姿勢を正すことと言葉遣いです。
どんなに外見をきちんとしていても、背中が丸いだけでだらしない印象を与えます。言葉遣いも同じです。お客様にふと友達のような口調で尋ねられても、こちらまで調子に乗って同じ口調にならないように注意しています。(142ページ)
僕は最近は新幹線に乗っていませんが、以前に乗車した時には、パーサーの接客は、友達のような馴れ馴れしいものではなかったですね。
でも、一昔前までは、とにかく多く売ることが目的だったため、パーサーが、客室内で大声を出して販売していたこともあったようです。
基本に忠実に、そして、現場での経験を活かす
徳渕さんは、パーサーのアルバイトを1年経験した後、正社員となりました。そして、正社員となって4ヶ月後に売上ナンバー1となりました。
しかも、平均売上高の3倍も売上を上げていたそうです。
後輩にどうやったら、そんなに売ることができるのかとアドバイスを求められても、なぜ、自分がそんなに売ることができたのかわからなかったとのこと。ただ、ひとつ言えることは、徳渕さんは、パーサーという仕事が大好きだということです。
とは言え、好きだからというのでは、後輩に売上の秘訣を尋ねられた時の答えになりません。だから、徳渕さんは、1位になった以上は、その理由を自分の口で説明する義務があると思い、今まで自分がしてきたことを著書の中で語っています。
もう一品お薦めする
研修の時に習ったそうですが、お客さんがビールを注文した時は、一緒におつまみも薦めたそうです。マニュアル的な行動のように思えますが、こういった基本的なことを日ごろから心がけることが大切なのでしょうね。
実戦の場で役に立つ「五A」
パーサーには、「接客にあたっての五A」というものがあるそうです。「アタマニクルナ」「アワテルナ」「アセルナ」「アキラメルナ」「アテニスルナ」がその五Aです。
酔っぱらった乗客に絡まれたときには「アタマニクルナ」と言い聞かせ、一度にたくさんの注文を受けた時には「アワテルナ」と言い聞かせるのだそうです。これもパーサーとしては基本的なことのようです。
具体的な理想像を
徳渕さんは、接客にあたって、あるドラマを参考にしたそうです。そのドラマの「サービスを第一に考えれば売上げは後からついてくる」という考えを見本としていたとのこと。
「しょせんドラマだから現実とは違う」と考えるのが一般的な見方ですよね。でも「あんなサービスをしたい」という目標を持つことは、私にとってやる気の源です。特に仕事を始めたばかりのときは何でもいいから何か一つ、具体的な理想像をイメージできるようにしておくと、仕事をする上でも張り合いが出てくるのではないでしょうか。(175ページ)
「徳渕メモ」を利用
徳渕さんは、パーサーの仕事を始めてすぐの頃は、その日に何が売れたのかをメモしていたそうです。どの新幹線の何時頃に何が売れたのかといったことを箇条書きで書いておいたとのこと。
何週間かたってデータがたまってくると、今度はそれを仕事で役立てるように意識しました。後日同じダイヤの列車に乗務したとき「この前乗ったときは、最初の一~二時間にお茶がよく売れたんだった」とあらかじめ心構えをしておくことができます。(176ページ)
小銭の音が聞こえたら
乗客が「買いますよ」というサインを出していることに気付くことも大切です。
小銭の音が聞こえたら、それは、何かを買おうとしているサインです。だから、音がする方を探して、乗客にアイコンタクトをして笑顔を返せば、「あ、用があるってわかってくれたんだな」と落ち着いてもらえます。
ワゴンを必要としている方がいないかどうか自ら探すくらいで、ようやく「きめ細やかなサービス」と言えるのだと思います。(178ページ)
お客様の立場になって
当たり前のことですが、お客さんの立場になって接客することが大切です。
これは言うは安し行うは難しですよね。徳渕さんがいう「お客様の立場になって」というのはこういうことです。
ある子連れのお客さんが、麦茶か玄米茶がないかと注文してきました。でも、社内ではどちらの販売もしていません。この時、どちらも販売していないと言っても、叱られることはありません。
でも、そのお客さんが、なぜ麦茶か玄米茶がないかと尋ねてきたのかを想像すると、お子さんが飲めるものを探していたのかもしれません。そこで、ミネラルウォーターならあることを告げると、お客さんが、それを購入されたそうです。
お客様の立場に立つとは、こういうささいなことではないかなと思っています。
「お茶がだめなら、ミネラルウォーターはどうかな」と思いついたところで、商品がワゴンに売り切れだった場合、「ミネラルウォーターたった一本なんて、探すの面倒だからまぁいいや」で終わってしまうのでは、自分のことしか考えていないことになります。(中略)
「お客様にきめ細やかなサービスをすれば売上げは後からついてくる」。先輩が言いたかったことはこういうことではないかと、今は思えます。(181~182ページ)
これらは、全て研修で習った基本的なことと現場で気付いたことを活かしているだけにすぎません。言ってみれば、誰にでもすぐにできることです。
でも、こういった基本的なことや現場での経験を活かすということをしない人が多いのでしょうね。
もしも、経験が不足していて、それを仕事に活かすことができないのなら、パーサーの方が使っている「喜んでくれました」ファイルを職場で作っておき、同僚の経験を職場全体で共有できるようにしておくと良いのではないでしょうか?