ウェブ1丁目図書館

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源平合戦は庶民にとって益のない権力欲にまみれた戦い

祇園精舎の鐘の声」で始まる平家物語は、栄華を誇った平家が転がり落ちていく姿を描いた古典で、現代でも、平安末期から鎌倉初期の時代を題材とした歴史小説が数多く出版されています。

「驕る平家は久しからず」という言葉がありますが、この時代は、平家だけが我が身のことを考えていたわけではありません。天皇上皇法皇も同じですし、公卿だって源氏だって自らの栄達ばかりを考えていました。しかし、平家物語という古典があることで、なんとなく平安末期は、平家の専横で人々が苦しんでいたような印象を持っている人が多いのではないでしょうか。

庶民の目線で戦乱を見る

作家の吉川英治さんの作品『新・平家物語』は、保元の乱の前から鎌倉幕府の成立後までを描いた大作です。

この時代を描いた歴史小説は、源平合戦が主となるものが多く、『新・平家物語』もそうなのですが、当時の庶民の目線で戦乱を追いかけている点が他の作品とは違っています。

庶民代表として登場するのが、医師の阿部麻鳥です。

院政真っただ中の時代に鳥羽法皇崩御すると、後白河天皇崇徳上皇の間で保元の乱が起こりました。一見すると、天皇家の争いのように見えますが、その裏では、藤原氏の権力争いがあり、平家と源氏もこの争いに参加させられました。

保元の乱では、後白河天皇が勝ち、崇徳上皇は讃岐に島流しとなります。その時、阿部麻鳥は、崇徳上皇に仕える水守でしたが、ここから彼も戦乱に巻き込まれていきます。

平治の乱

保元の乱で勝利した後白河天皇のもとで、新たな政治が行われましたが、新体制では藤原信西平清盛が力を持ち、それに不満を持った藤原信頼源義朝がクーデターを起こします。

これが平治の乱です。

平治の乱では、藤原信西は命を絶たれましたが、平清盛源義朝との戦いに勝利し、政治の実権を握ることになります。源義朝の妻の常盤御前が牛若丸ら3人の子とともに雪の中をさまよったのは、この平治の乱の時です。

阿部麻鳥の運命も、平治の乱で変わっていきます。特に後に源義経となる牛若丸との出会いは、阿部麻鳥にとって重要な意味を持ちます。

権力への妬み

平治の乱で勝利した平清盛は、その後も平家の力を強大なものとしていきました。平家一門の栄華は、傍から見ると妬ましいものであり、後白河法皇にとっても気に入らない存在へと変わっていきます。

法皇は、何度も平家転覆を画策し、そのたびに失敗していましたが、以仁王の令旨が全国の源氏に届くと、各地で反平家ののろしが上がり、一気に平家は弱体化していきました。

やがて、後白河法皇にとって目の上のたんこぶだった平家が、源義経によって壇ノ浦の戦いで滅ぼされます。これで、再び法皇が実権を握れると思ったのも束の間、すでに強大な力を築いていた源頼朝が幕府を開いたことで、ますます法皇の力は弱まっていきました。しかし、これで引き下がる後白河法皇ではなく、頼朝の弟の義経を味方につけて対抗する姿勢を見せました。

ところが、義経も不運なことに嵐で遭難し、力を失ってしまいます。

そして、義経も衣川で討ち死にし、幕府はさらに強大となり、後白河法皇は権力の座を奪い返すことなく崩御しました。これで源氏の天下だと思われましたが、頼朝も落馬がもとで亡くなり、後を継いだ頼家も北条によって殺害され、源氏の力もまたたくまに衰退しました。

世の中を乱しただけの時代

源平合戦は、ただ世の中を乱しただけでした。

平家追討の目的も、単に権力を奪うことが目的であり、世の中を良くするといった目的は、後白河法皇にも源頼朝にもなかったように思えます。そして、終わってみれば、誰も生き残っていないのですから、何のための戦いだったのでしょうか。

平安末期から鎌倉幕府の成立後までをすべて見てきたのは、阿部麻鳥と妻の蓬だけ。何とむなしい時代だったのかと思いながら最後まで読んだわけですが、吉川さんが伝えたかったことは、最後の最後に描かれています。

公卿や武士の権力争いだけでなく、乱に乗じて金儲けを企む朱鼻の伴卜と金売り吉次の二人の商人の登場も、物語をおもしろいものとしています。権力と富を求める人の行動はいつの時代も変わりません。そして、権力ある所に金が集まり、金があるところに権力が集中するのもまた、いつの時代も同じです。

しかし、権力や大金の外には、常に多くの庶民がおり、社会を支えているのは、権力ではなく庶民たちだということを『新・平家物語』は読者に教えてくれます。