ウェブ1丁目図書館

読書で得ること感じること。ここはウェブ1丁目にある小さな図書館です。本の魅力をブログ形式でお伝えしています。

資本は利子率が高いところを目指す

事業に必要な元手のことを資本といいます。

資本は、事業主が用意することもありますが、株式会社の場合は、事業主以外の人々によって提供されます。その資本の提供者のことを株式会社では、株主といいます。

法人格を持つ株式会社の発明は、資本主義の発展に大きく貢献してきました。株式会社を作り、資本を集めれば、誰でも新たな事業を起こすことができます。そして、事業が軌道に乗り規模が拡大すると、多くの人を雇えるようになりますから、働きたくても働く場がないという人を減らすこともできます。

世の中に多くのモノやサービスを生み出し、雇用も拡大する資本主義は、なんと素晴らしいものでしょう。でも、うまい話には何か裏があるもの。資本主義にも、どこかに欠点があるのではないかと考えてしまいます。

資本主義の恩恵を受けられるのは世界の国の15%だけ

現代の世界経済を発展させている資本主義に対して、近年、格差の拡大の原因となっているなどの批判があり、資本主義を再考する動きが見られるようになっています。

埼玉大学大学院科学研究科客員教授の水野和夫さんと社会学者の大澤真幸さんの対談を収録した『資本主義という謎』は、資本主義の誕生から現在の状況までを知り、今後、資本主義がどうなっていくのかを考えるのに役立つ1冊です。

資本主義は、歴史的に見れば、ここ数百年の現象にしかすぎず、人類にもともと備わっていた本性ではありません。一方で、資本主義はグローバル化し普遍的な現象になっています。大澤さんは、この2つの印象はほとんど矛盾していると述べています。

水野さんによれば、資本主義の恩恵を享受できるのは限られた割合だけでしかなく、18世紀後半の動力革命以後、世界人口に占める高所得国の割合は15%で安定しているとのこと。

なぜ、世界の15%の国だけしか資本主義の恩恵を受けられないのでしょうか。それは、全員が近代化したら、資源を安く提供してくれる人がいなくなるからです。近代社会は、「より速く、より遠くへ、より合理的に」という原則が、前提条件として成り立っていますが、それらを実現するためには、資源を安く買いたたけなければなりません。

モノやサービスを多くの人に提供するためには、自国の人々だけでなく遠くの人々の元へも届けなければなりません。しかし、資源やエネルギーの調達コストが増大すると、遠くへモノやサービスを届けるほど割に合わなくなってきます。普通に考えれば、遠くにモノを運ぶほどエネルギーが必要になりますから、1単位当たりのコストは高くなります。ところが、資本主義の恩恵を受けていた国々では、資源を買いたたくことで、そうならないようになっていたんですね。

法人は蒐集に好都合

資本は、ある事業に投下され利益とともに回収されることで、さらに次の投資にまわります。元手に利益を上乗せすれば、投資は拡大します。

拡大再投資を行うには、法人格を持つ株式会社は好都合です。もしも、法人ではなく、個人が集まって資金を出し合い事業を行えば、その事業が終わる時に元手と利益が個人に分配されます。ところが、法人である株式会社の場合は、利益の分配は行っても資本の払い戻しは原則行いません。また、利益も、すべてを分配しなければ、元手と併せて拡大再投資が可能になります。

このようなことが可能になるのは、法人には永続性があるからです。個人だと、どんなに頑張っても自分の寿命以上に拡大再投資をすることはできません。資本主義が、キリスト教国で発明されたのは、法人という概念を許すことができたからです。

キリスト教には、蒐集の思想が本来備わっており、それを実現するには資本主義が最も効率的だったのです。

イスラム教で、資本主義が誕生しなかったのは、神以外に永続する存在を認められなかったからであり、法人は、イスラム教の思想と相いれません。

蒐集には、多くのお金が必要になりますが、それを可能にしたのが資本主義でした。そして、資本主義には、法人は絶対に不可欠です。寿命がある個人では、蒐集できる量に限界がありますが、永続的に存続できる法人であれば、無限に蒐集が可能となります。

インフレとバブル

より多くのモノを蒐集するためには、資本をより利子率が高い事業に投資するのが有利です。利子率は利益と読み替えればわかりやすいです。元手が同じなら、得られる利益が多い方に投資するのが当たり前ですね。そうやって元手を投資し、獲得した利益とともに再投資を繰り返し、資本を過剰に蒐集した国が覇権国です。

覇権国になれば、世界中からお金を集めることができるようになります。しかし、蒐集は、必ず「過剰・飽満・過多」に行きつきます。

覇権国は、最初、生産拡大に資本を投資します。やがて、実物投資が膨張するとインフレが起こります。実物投資できなくなれば、その時点で、物質的には十分に豊かになっています。そして、利子率も低くなっています。この段階で、資本は投資にまわらず待機するべきなのですが、資本は動き続け、より利子率が高い投資先へと向かいます。それが金融です。

覇権国は金融拡大へと資本を投下し、「電子・金融空間」が膨張してバブルが起こります。しかし、バブルはいずれ弾け、その時にはデフレが生じます。

つまり、覇権国では、インフレ→バブル→デフレという流れになるわけです。だから、デフレを止めようとインフレになるような政策を行えば、バブルが膨張し、弾けてまたデフレに戻るという循環を延々と繰り返すことになります。

そうすると、バブルを起こさないようにするためには、「電子・金融空間」を膨張させなくする必要があります。例えば、仮想通貨やメタバースといった虚無への投資を規制するということになるでしょうか。

しかし、こういった虚無と思われるものが、将来的に人類の役に立つときが来るかもしれませんから、投資を規制するのが一概に良いとは言えません。また、資本は、利子率の高いところへ移動する性格を有しているので、仮想通貨やメタバースを規制したところで、それ以外の目に見えないものへ投資されるでしょう。

結局、資本主義社会では、資本の移動を制約するのは難しいのです。どんなに意味がないと思われるものへの投資でも、そこから利益が上がり人々に報酬として支払われるのですから、まったく無駄ということはありません。

近年、富の再配分が議論されるのも、資本が利子率の高いところに向かう性格を容認しているからなのかもしれません。投資先を規制するのではなく、投資によって得られた利益を幅広く分配することで、資本は利子率がより高いところに向かい、多くの富を再配分しやすくなるのではないでしょうか。