テレビ番組を作り上げていく仕事の中に放送作家という仕事があります。
番組全体をプロデュースして、予算管理、タレントのキャスティングなどを行うのがプロデューサー。番組を作り、その内容に関してすべての権限を持つ重要な仕事がディレクター。そして、ディレクターの頭脳の部分をアシストするのが放送作家ということになります。
なので、テレビ番組が高視聴率をとれるかどうかというのは、ディレクターの力だけではなく、彼の頭脳をアシストする放送作家のアイデアも重要となってきます。
役に立たないことにヒットの種が隠されている
「一00のムダで役に立たないことが、一つのヒットを生み出す」
こう語るのは、放送作家の安達元一さんです。安達さんの著書「視聴率200%男」によると、「アイデアというのは、山ほどのくだらない、使えないアイデアのなかから、やっとのことで絞られて、最終的に使えるものが生まれる」とのこと。
社会人になれば、誰でも過去に会議で、何かしらの企画を考えたことがあるでしょう。そういったことを仕事としている人だけでなく、営業職の方や管理部門の方でも、仕事を改善するためのアイデアを出すための会議に参加したことがあるのではないですか。仕事に限らず、中学校の文化祭での出し物について、クラスで話し合いをしたことがあるという方も多いことでしょう。
こういったアイデアを出す会議で禁句となるのは、「そんなのくだらない」とか「役に立たない」とかいう否定的な意見です。
アメリカのGE(ジェネラル・エレクトリック)が、パン屑の貯まらないトースターを開発する契機となったのは、従業員の「ネズミ取り器つきトースター」という役に立ちそうにないアイデアからでした。
なぜ、このようなアイデアを出したのかというと、トースターには、使わないでしまっておくとネズミが寄ってくるという欠点があったからです。そこで、トースターにネズミ取り器を付けたらどうかと思いついたんですね。でも、普通に考えたら、そんなトースターが売れるわけはありません。だから、「何をバカなこと言ってるんだ」と言われて、その企画は却下されるはずなのですが、彼の上司は、部下のこのアイデアを一蹴せずにさらにアイデアをつなげていきました。
そもそも、なぜ、ネズミがトースターに寄って来るのか?
その理由は、トースターの底にパン屑が溜まることが原因でした。そこで、思いついたのが、パン屑が貯まらないトースターでした。この商品が大ヒットして、GEの業績は急上昇したそうです。
一見、無駄で役に立ちそうにないアイデアでも、それを否定せずにさらに深く考えることでヒットが生まれる可能性があるということですね。
視聴率はアメーバのようなもの
GEのトースターのヒットは、役に立ちそうにないアイデアを否定しなかったことから生まれたわけですが、だからと言って、否定さえしなければ必ずヒット作が生まれるということでもありません。
ヒット商品を生み出すためには、いかに大衆に受け入れられるかがカギとなります。どんなに素晴らしいモノやサービスを生み出しても、大衆が求めていなければ、ヒット作にはならないでしょう。
しかし、そうは言っても、大衆が何を求めているのかを理解するのは難しいものです。
”視聴率=大衆の意志=アメーバのようなもの”
と私は常々感じています。個人個人それぞれ趣味、嗜好というものがあり、それは千差万別なのですが、その総意となると、ごく単純な原理で動くアメーバのようなものになると思うんです。つまり、
”より美味しいエサのあるほうへ動こう”
ということ。アメーバのなかの個々人は、それぞれいろんな複雑な意志を持っているのに、全体としては単純に美味しいエサのほうへ動いて行く。そして動き出すと、なんとなく全員付いていく・・・・・それが視聴率の仕組みのような気がしています。その美味しいエサというのが時代によって何に変わるのか、その見極めが楽に出来ればいいんですけど、なかなかグルメなアメーバですから、そう簡単に好みは教えてくれません。(53~54ページ)
テレビでいうと、1960年代の高度成長期は、科学、文明、経済を謳歌する番組がヒットしました。70年代は高度成長の弊害がいわれはじめ、自然回帰という考え方が主流となりました。80年代のバブル期は、国民全員が浮かれていたので、お笑い番組が大衆から好まれていましたね。そして、バブル崩壊後の90年代は、もっと堅実に生きるべきだという風潮から、節約、どケチ、大家族といったリアリティーのあるものが主流となりました。
このようにその時代の大衆の意志を理解した番組が高視聴率をとれ、また、企業のヒット商品も、こういった大衆の意志と合致したものだったのではないでしょうか。
80年代は、大量消費の時代だったので使い捨てカイロのような商品がヒットしました。バブル崩壊後の90年は、100円ショップのような家計の節約に役立つお店が次々と出てきましたね。
とは言え、こういうことは、後から言えるのであって、その当時は何が流行るのかなんてわからないことが多いんですよね。まさに大衆の意志はつかみどころのないアメーバのようなものです。
「発明将軍ダウンタウン」から「伊東家の食卓へ」
安達さんが企画したテレビ番組に「発明将軍ダウタウン」があります。
この番組は、日本人発明家の珍発明をダウンタウンの独特のトークとともに紹介していくというもの。
毎週、全国で発明家のオーディションをして、優秀作品を番組で紹介し、ダウンタウンが突っ込んだりボケたりするという内容は、ゴールデンタイムで15%ほどの視聴率をとれる、そこそこの人気番組でした。でも、スタッフには、いつも不安がありました。それは、「いつ発明品と発明者が尽きるかもしれないというもの」です。
そこで、番組を存続させるためにどうすればいいかとあれこれ考え、生まれたのが「知恵姫」というコーナーでした。
当初の番組内容だと、発明者でなければ出演することはできませんでした。だから、ある程度、発明者を紹介すると、番組の継続が難しくなります。そこで、出演者の裾野を広げるために身の回りの不便なことを解消するための知恵を紹介するコーナーを新設したのです。これなら、ちょっとした生活の知恵を持っていれば、誰でも番組に出演することが可能です。この「知恵姫」のコーナーが、再び、「発明将軍ダウンタウン」を生まれ変わらせました。
「発明将軍ダウンタウン」は視聴率16~17%を維持し、番組は3年間続きました。
その後、「知恵姫」を発展させた新番組が始まります。それが「伊東家の食卓」です。番組内容は、「知恵姫」のコーナーとほぼ同じで、一般の参加者が持ち寄る生活の裏ワザを紹介するというもの。
番組の内容は、両者でそれほど大きな差はないのに「伊東家の食卓」の視聴率は25%もありました。
ほぼ同じ内容なのに視聴率に差が出た理由
ところで、なぜ、「伊東家の食卓」の方が視聴率が高かったのでしょうか?両番組とも、内容に大差はないのに不思議ですよね。
その理由を安達さんは以下のように分析しています。
私たち『発明将軍ダウンタウン』のスタッフがダウンタウンというキャストに頼りきってしまい、「知恵姫」のコーナーを発展させることに思いが至らなかったということです。(中略)
いかに生活の知恵、今でいうところの裏ワザを集めようとも、それをスタジオでダウンタウンのトークに乗せてどうおもしろく見せるか、そこにすべてのスタッフの意識が集中していたのです。(中略)
『伊東家の食卓』では、この裏ワザをタレントの魅力ではなく、その裏ワザ自体の魅力で見せきっているのです。つまりあのときわれわれは、目の前にあるダウンタウンというあまりに眩しい輝きに目を奪われ、その付属品ぐらいにしか見えなかった裏ワザの輝きを、結局磨ききれなかったのです。(149~150ページ)
要するにブランドにあぐらをかいていたということですね。それも、自分たちが育てたのではなく、すでに人気者になっていたダウンタウンという強力なブランドに。
この安達さんの分析は、企業にも当てはまりますよね。
自分が入社する前にすでにトップブランドに育っていた商品群に磨きをかけず、そのブランド名だけで勝負していることはないでしょうか?
そのブランドがトップブランドになれたのは、当時、アメーバのような大衆の意志を知ろうと努力した結果であり、今の大衆の意志とは異なっているかもしれません。
長く愛されるブランドというのは、昔から同じ商品を売っているわけではないでしょう。きっと、その時その時で、少しずつ変化していく大衆の意志に合わせようと、試行錯誤して、商品の改良を行っていった結果なのではないでしょうか?
- 作者:元一, 安達
- メディア: 新書