スタートアップは、単に設立したばかりの会社といった印象を持たれているように思います。確かにそれはスタートアップの一面を表現していますが、大切なのは、急激に成長するということです。
すなわち、スタートアップとは、設立して間もない期間に急激に成長する企業のことを意味します。現代であれば、AI関連の事業がスタートアップに適していると言えますし、過去においても、その当時に将来性が期待された産業分野で設立した企業が急激に成長しています。
一方、スタートアップに適さないのは、成熟した産業や収益性が低い分野と考えられます。でも、そのような分野でもスタートアップを成功させている企業はあります。
障害者雇用でスタートアップ
製薬会社で勤めている時に障害や難病のある人の活躍機会・賃金格差などの社会問題に衝撃を受けた小野貴也さんは、2014年にヴァルトジャパンを創業し、障害や難病を抱える就労困難者に特化した仕事の受発注プラットフォーム「NEXT HERO」を開発しました。小野さんの著書『社会を変えるスタートアップ』では、十分な報酬を得られない障害者雇用の現状が紹介されており、それをどうやって解決していくのかが述べられています。
小野さんは、創業して間もなく資金が尽きようとしていましたが、実業家の守屋実さんの資金提供によりスタートアップを成功させています。障害者への報酬は少なく、とてもスタートアップに適した事業とは思えません。しかし、このような状況だからこそ、伸びしろがあるとも考えられます。
政府は企業に対して障害者を雇用するように法定雇用率を定めており、障害者雇用の実雇用率は過去最高を更新し続けています。政府の対応により障害者雇用は増えていますが、それでも、障害者手帳保有数の6%にすぎないとのこと。そうすると、障害者の94%が働けない状況にあるということですから、この問題を解決することで、社会全体の労働者数を増やすことができますし、人手不足で困っている企業の手助けにもなると考えられます。
こうやって見ていくと、これからますます人手不足が深刻になっていく日本で、雇用したい企業と仕事をしたい障害者を結び付けるビジネスは、社会になくてはならない産業に成長していくはずです。
インクルーシブ社会の到来
障害者のように就労に何らかの課題を抱えており、無職、低賃金、不安定な就労環境等の状態になっている人を就労困難者といいます。仕事を見つけられたとしても、1個1円程度の内職作業を積み上げて時給100円や200円程度になるような仕事も多いのが現状です。こういった仕事でも、障害を持っている人の身体的・精神的機能の安定化等を促すことにつながることから全否定できない面があるようですが、機械化や自動化によって、将来的に職を失う不安があります。
障害者雇用がなかなか増えていかない原因を個々のモラルや知識の不足に求める意見もありますが、小野さんは、「単に『共に働く機会』が追いついていないために生じている社会的な構造の問題」と指摘しています。
就労支援機会を増やそうとしている組織はいくつもありますが、就労困難者と企業等を強く結びつけることができていないのが現状です。それを解消すれば、経済の活性化につながっていくはずです。
いろいろな背景を持つ人々が互いを認め合い、誰かが誰かを排除することなくみんなで生きていける社会をインクルーシブ(包括的・包摂的)社会といいます。就労困難者を減らすためには、インクルーシブ社会の到来が必要になります。そして、それを実現するのは今を生きる我々だということを知っておかなければなりません。
サステナビリティは無視できない企業の課題
近年、サステナビリティ(持続可能性)が重要視されています。このままの状態で人間が活動し続けると、地球環境が破壊されることが懸念されています。
そこで、SDGsやESGが強調されるようになっています。SDGsもESGも、サステナビリティを達成する目標ですが、前者は国連が中心となるもので、後者は企業が中心となるものです。ESGのEは環境、Sは社会、Gはガバナンス(企業統治)を意味し、現在、世界中の大企業は、ESGを無視した活動を許されなくなっています。
環境破壊をしてはいけないことは当たり前となってきていますが、SやGについては、これから企業全体に浸透していくことでしょう。
ESGについてよく知らなかったり否定的な経営者やコンサルタントは、いずれ、ビジネスの世界から退場することになります。世界的に見ても、投資家はサステナビリティに関心を持ち始めています。サステナビリティは、それが無形資産という形で企業の収益力や継続力に貢献する特徴を有しているため、企業の財務情報に表れにくい性格を持っています。そのため、投資家の関心は財務情報から非財務情報に移ってきています。
障害者雇用は、ESGのSに該当する事柄であり、これから企業も積極的に障害者を雇用しなければ事業を継続させるのが難しくなるでしょう。しかし、企業の側にしてみたら、自社が求める知識や技術を持った人材を雇いたいと考えますから、単に障害者の雇用数を増やせば良いというわけにはいきません。
企業が求める知識や技術を持った就労困難者をぴったり結びつけることが、これからの日本社会で重要になっていくでしょう。